礼拝堂に戻ってきた二人はさっそく短剣を祭壇の窪みへと差し込んだ。 大層な仕掛けが施されたそれはがちゃがちゃと音をたてながら姿を変えていく。 最終的に祭壇の下から地下へと続く階段が現れた。 「行きましょう。」 神田は特に返事をすることなくスピカの後から階段を下りる。 少し進んだところでわずかに届いていた礼拝堂からの光もなくなり、足元も先の状況もわからない暗闇に差し掛かった。 明かりが必要ね。そうスピカが呟くと同時に発光する小さな飛行体が壁から現れた。 ティムキャンピー程度のそれは二人を急かすようにクルクルと飛び回りながら足元を照らす。 「あなたが案内してくれるの?」 その言葉に返事をするかのようにスピカの前で丸を描いて飛んだ。 「そう。よろしくね、小さな案内人さん。」 ここに誰かが来るのは初めてなのだろう。小さな光は機嫌良さげに飛び回り、スピカたちの足元を照らす力を強めた。 これで階段を踏み外すことはないだろう。しかしこの地下道はいったいどこまで続いているのか。先の見えない狭く細い一本道ではそんな不安も生じる。 そんな時七回目の鐘の音が耳に届いた。 「まだ十五分くらいしか歩いてなかったのね。」 「暗闇だと時間が長く感じるもんだ。こんな所で時間食う訳にいかねぇ、さっさと行くぞ。」 「そうね。急ぎましょう。」 先ほどから十分おきに鳴る鐘は回数を重ねるにつれて音が大きくなっているような気がした。 それは何かが近づいてくるような、良い予感とは言いがたいものに感じられる。 この先にいるであろう同胞に会えばその謎も解けるであろうとスピカは歩みを速めた。 しばらくして階段を下りきると少し拓けた場所に辿りついた。その先には細かい金細工の施された美しい白い扉が一つ。 ここまでの案内を勤めた輝きが扉の前まですうっと進み早く入るようにせがんだ。 スピカが扉の前に立つと、今まで後ろを歩いていた神田がスピカより先にドアノブを掴む。 「どうしたの?」 「……いや。俺が先に入る。」 突然の事に振り向きスピカが問いかけた時に神田は自分の犯した過ちに後悔した。 後ろから抱え込むようにドアノブに手を伸ばしてしまったためスピカとの距離が近い。ふわりと揺れた彼女の長い艶やかな髪から甘い花の香りがする。 近づけば近づく程自分がおかしくなっていくのがわかっているのになぜこんなに近づいてしまった?なぜ先に入ろうとした? そんな疑問が瞬時に脳裏を過ぎるがその答えを出すことなく、スピカに触れない様ゆっくりと横からすり抜けて扉を開けた。 ようやく到着した目的地は眩しいくらいの真っ白な部屋だった。 さほど広くない部屋にはベッドが一つ置かれており、そこには人骨が。 その人骨に先ほどからスピカの肩で休んでいた光が触れた。すると… 「あなたは…」 『お久しぶりですね。』 現れたのは穏やかな笑みを浮かべる女性。 その姿を見るなりスピカは目を丸くした。 しかしすぐさま瞳は細められ、ひどく愛しいものを見るものへと変わる。 「とても、とても心配したの。突然いなくなってしまったから…」 『……あなたは優しい方ですから、きっといなくなった私を探していると思いました。ご迷惑をお掛けしたこと申し訳なく思っています。』 「迷惑なんかじゃないわ。あなたを見つけられてよかった。」 「おい、どういう事だ。こいつはお前の知り合いなのか?」 二人だけで交わされる会話に痺れをきらした神田が問い掛ける。 まるで話しについていけない。 「ああ、ごめんなさい。彼女はね、私の臣下で200年ほど前に失踪した天使。生きてるのか、それすらわからない状況で探していたからずっと見つけることができなくて…」 「200年前?お前、何歳なんだ。」 「え?正確には覚えていないけれど…そうね、だいたい5000歳くらいかしら。」 神田は一瞬スピカの言っていることがわからなくなった。 それもそうだ、彼女の見た目はせいぜい20代前半というものだから。 しかし思い返せば彼女は人間ではない。今までにもあり得ないことをさんざん目の前で見せつけられてきた。 そう考えればスピカが何歳であろうとも驚くことなど何もなかったのだ。 「天使と人間では身体の衰える速さがまるで違うわ。寿命も身体の造りもね。」 私たちにとっての200年はあなたの約1年。犬と人間の関係とおんなじよ。 スピカはそう続けた。同じ時を過ごしても老いるスピードは犬の方が何倍も速い。犬の1年は人間にとっての3ヶ月。つまりそういう事だ。 「私、ユウが思ってるよりずっとおばあちゃんなのよ。びっくりした?」 「今更そんなんで驚かねぇよ。それに5000歳なんて年寄りどころの話じゃねぇだろ。」 「ふふ、そうね……それで話を戻すけれど、とりあえず彼女が行方不明だった天使。」 そう言って彼女に振り向くと、スピカはそのまま問いかけた。 何故いなくなってしまったのか。何故こんなところにいるのか。 そして何故死んでしまったのか。 その答えは実に単純なものだった。 『恋をしてしまったんですよ。』 それはそれは身の焦がれるような恋をね。 ← |