スピカが下界に降りてきて暫くした頃、コムイを悩みに悩ませている案件が二つあった。
一つは探索部隊すら入れない時間を巻き戻す街。そしてもう一つは入った者が帰ってこない城という。
両案件共にイノセンスが関係あるだろうと踏んでエクソシストが送られることになった。
すでに巻き戻しの街にはアレンとリナリーが二日前に出発している。

「スピカちゃんにはもう一つの城の方に行ってもらいたいんだ。探索部隊を何人か派遣したけど全員戻ってこないし、イノセンスとの関係性は深いと思う」

「探索部隊の皆は、無事なのかしら…?」

「それもわからないんだ」

「そう……」

「行ってくれるかい?」

「ええ。もちろんよ」

スピカが頷いたのを見てコムイも礼を言う。
そしてもう一言付け加えた。

「現地には神田くんも向かってるんだ。あっちで落ち合ってくれるかな」

「ユウも?」

「うん、さすがにスピカちゃん一人だと何かあった時大変かと思って」

「私は一人でも大丈夫だけど、でもユウに会えるのは久しぶりだから嬉しいわ」

目を細めて笑うスピカにコムイも笑みを返す。
リナリーから電話の事を聞いていたコムイはどうしても二人に任務を共にさせてみたかった。
圧倒的な、まだ自分達に見せていない力を保持しているスピカが一人でも大丈夫であることなど百も承知だ。神田を着けたのも単に先に述べた私的な理由に過ぎない。

「(神田くんはどんな反応をするかな)」

神田にはエクソシストを一人派遣すると伝えているが、誰が来るかは伝えていない。
恐らくデイシャやマリ辺りが来ると思っているはずだ。スピカの姿を見た時に何を思うのだろうか、想像するだけで笑みが漏れる。

「出発は明日の朝でお願いするよ」

「わかったわ」

承諾の言葉を残してスピカは室長室を後にした。





翌日昼過ぎ、スピカの乗っている汽車が目的地に到着する。
そこは非常に閑静で、駅員の一人すらいない無人の駅であった。

「誰もいない……」

小鳥の囀りと風が木々を揺らす音は聞こえるが、人工的な音はいっさい存在しなかった。
そんな自然を一身に感じていると背後に足音を捉える。

「お前…」

「もう着いてたのね。久しぶり、ユウ」

「コムイが言ってたエクソシストってお前だったのかよ」

「あら?聞いてなかったの?」

遠目に見てまさかと思いきや、やはりそこにいたのは毎度自分をおかしくさせる存在で。
きょとんとした顔で聞き返すスピカにまた胸が鳴った。

「っ...」

「どうしたの?」

「何でもない。行くぞ」

俯く神田を下から覗き込むがすぐさま顔を逸らされてしまう。
そして彼はいつもの無表情を張り付けてスピカを見ることなく先へ進んでしまった。

「そんなに勢いよく背けなくても…」

いくらスピカと言えど出会いがしらそのような態度を取られると落ち込むものがある。
眉を下げながら神田を見つめ、溜め息を一つ落としてその背中を追いかけた。





城門の前までやってきた二人。
門は錆びて蔦が絡みついており、何年も手入れされていない廃城である事が伺えた。
ゆっくりと足を踏み入れると崩れかけの噴水や雑草まみれの庭園が広がっており、やはりこの城が使われなくなってかなりの年月が経っているという事がわかる。

「あ!」

突如声を発したスピカが走り出す。
その先には倒れている探索部隊の一人。

「息はしてるし、怪我もなさそう...寝てる、の?」

何度も探索部隊の彼の名前を呼んでも起きることはない。
ほとほと困り果てた時、城の頂上に位置する鐘が鳴った。時刻はちょうど正午だ。

「鐘...誰が鳴らしてるのかしら」

「調べるか」

「ええ、私がお城を調べるわ。ユウは外をお願い」

「ああ」

「じゃあ一時間後にまたここで会いましょう」

わざわざ城内を通る必要もないためスピカは地を蹴り羽ばたく。
鐘はひとりでに左右に揺れて鳴っていた。そして近づこうと試みたものの結界のようなものがスピカを遮った。
触れると弾けるように跳ね返されてしまうため無闇に突き進むこともできない。

「困ったわね」

外からは近づく事はできないとわかった。ならば城内を調べてみるしかない。
仕方なしにスピカは地上に降りて城の入り口をくぐった。





城内に入ったスピカはメインホールの正面にある階段を上り、鐘が位置する東塔へ続く廊下へと向かった。
廊下一面に敷かれている赤い絨毯は埃で白くなっていた。両サイドに置かれている甲冑も本来は銀色に輝いているはずだろうが鈍色に錆び付いている。
そして先程から不審に感じているのはアクマに鉢合わせていないという事だ。
イノセンスが関係しているなら、そこには必ずと言っていいほどアクマがいるはずだがまだ出会っていない所か気配すら感じない。

「罠なのかしら...」

そう思うのも無理はない。
しかし仮にイノセンスを手に入れたところを襲うつもりだとしたらどっちにしろずっと悩んでいるのは時間の無駄でしかないのだ。そして鐘へと続く螺旋階段を上る。

「...まぁ、そうよね」

階段を上りきった先にあった扉は当たり前のように開くことはなかった。
鍵穴などはない普通の扉であったがおそらくイノセンスの力によるものだろう。
とにかく現状では鐘に近寄ることができない。それに約束の時間までまだかなり余裕がある。もう一度コムイから渡された資料を読みながら城内を調べることにした。










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