帰りの列車の中で嵐に見舞われ随分と教団に戻ってくるのが遅くなってしまったものの、無事に帰還する事ができた。
地下水路で背中を伸ばすアレンは回収したイノセンスの処理をどうするべきかトマに尋ねる。

「もう真夜中ですけど…」

「科学班の方なら誰か起きていらっしゃると思いますよ」

「じゃあ行ってみます」

「アレン疲れたでしょう?私が届けておくから部屋に戻っても大丈夫よ?」

「ありがとうございます。でも女性の手を煩わせる訳にいきませんよ」

にっこりと紳士スマイルをスピカに見せてやんわりとその好意を断る。
そして地下水路から上がろうと階段に差し掛かった時、何かが落ちてきた。

「り、リナリー!?」

そう、リナリー。
慌てて抱き上げてみるもののぐったりとしており意識はない。
三人で名前を呼びながら心配しているとリーバーが階段を下りてくる。こちらもこちらで負傷しているのか腕を押さえており、息も荒い。

「戻ったか、お前ら…」

「リーバーさん!どうしたんですかそのキズ!」

「に、逃げろ。コムリンが来る…」

「コムリン?」

スピカが聞き慣れない言葉を復唱すると、どこからか低く重みのある音をが聞こえてきた。
それはだんだんと近くなり、突如物凄い音をたてて目の前の壁一面が吹っ飛ばされたかと思えば、その音の主が無機質なレンズ越しにこちらを見ていた。

「!?」

「あら…」

「来たぁ…」

巨大な、それでもってどことなくあの巻き毛室長の面影を感じさせるロボットに三者三様の反応を見せる。

「な、何アレ?何アレ!?」

「くっそ…なんて足の速い奴だ……」

いつもの丁寧口調が崩壊するほどアレンがテンパりを見せているとコムリンは認識装置のついているレンズにスピカとアレン、リナリーを映し反応を見せた。

『発…見!リナリー・リー、アレン・ウォーカー…エクソシスト二名。スピカ・オーベルジュール、準エクソシスト一名発見!』

「逃げろ!こいつはエクソシストを狙ってる!」

『手術ダーー!!』

リーバーの言葉に素早く立ち上がり、階段を駆け上がり始めると、すぐさま後ろからその巨体にそぐわない速さで追いかけてくる。
階段を破壊しながら一心不乱にスピカたちを捕まえようと手を振りかざす姿はもしかするとアクマより恐ろしいかもしれない。

「リーバーさん、訳がわかりません!」

「ウム、あれはだな。コムイ室長が造った万能ロボ『コムリン』つって…見ての通り暴走している!」

「何で!?」

ギャーン!なんていうギャグ漫画にありそうな効果音を奏でながらアレンの顔が歪む。
今ならオリンピックに出ても余裕で優勝できそうな速さで走りながらリーバーは事の経緯を話しはじめた。

「あれはほんの三十分前。相変わらず給料にならない残業をしていた時だった。転職を考えるやつや嘆くやつ、魂が抜けかけてるやつなど屍累々な惨状にリナリーがコーヒーの差し入れに来たんだ。涙ながらにコーヒーを飲んで、眠気を少しでも飛ばそうと一服ついていた時、室長の陽気な声が響いた訳だ。
室長の指さす方には白を基調としたやけにゴツいロボット、まぁ今俺たちを追い回してるあいつがいてだな。室長はそれをコムリンUと称した。
話によると、室長の頭脳と人格を完全にコピーしたイノセンス開発専用の万能ロボットで、あらゆる資料の解析は勿論、対アクマ武器の修理や適合者のケアサポートも行うらしくてな、そりゃ俺たちも喜んださ。仕事が楽になるってな」

「でも何かあったからこうなったんですよね…?」

「その通り!」

さらに続きを語るリーバーの話によると、コムリンはリナリーの煎れてきたコーヒーを飲んだらしい。
もちろんコムリンは機械であって液体には滅法弱い。
内部爆発を起こし、ショートしたコムリンはエクソシストを強化するという目的の下、リナリーをマッチョに改良しようと暴走を始めた。

「という事だ……」

「(アホらしっ!)」

「リナリーが……それはちょっと見たくないわね…」

さすがのスピカもげんなりした表情でこう言う始末だ。
コムリンの視界から逃れ、物陰に五人で隠れているとリーバーが大きくため息を吐いた。

「ラクになりたいなんて思ったバチかなぁ〜。お前達エクソスストや捜索部隊は命懸けで戦場にいるってのにさ、悪いな……おかえり」

「ただいまリーバーさん。それから…おかえりなさい、アレン、トマ」

「え…?」

「あら、おかえりなさいは待ち人だけが言う言葉とは決まっていないでしょう?…無事に帰ってこれたわね、とか、意味合いは自由よ」

リーバーとスピカの『おかえり』という言葉がアレンの脳裏ではマナが自分に投げかけたそれと被った。
今はなき過去を思い出し感傷に浸りつつも、久方ぶりに紡ぐ『ただいま』を少し照れながら笑って返す。
そんな時、教団の中央空洞を逆三角形の浮遊物が科学班を乗せて下りてきた。

「おおーい!無事かぁ!?」

「班長ぉ!早くこっちへ!」

「あ、アレンたちも帰ってたの?こっち来い早く!」

「リナリィー!まだスリムかいー!!?」

「落ち着けお前ら……」

コムリンの暴走に巻き込まれた科学班の諸々は一同髪がチリチリのアフロになっており、所々焦げてもいた。
冷静さを欠いた彼らにリーバーの放った言葉にアレンも頷かずにはいられない。
一同の意識が科学班に向いている中、スピカが背後から聞こえる轟きにいち早く立ち上がる。

「見つかっちゃったみたい」

「どわぁ!!」

危機感のないその言葉に反応する間もなくもたれ掛かっていた壁が破られアレンたちは吹き飛ぶ。
再びレンズにアレンたちを映したコムリンに向けて科学班を代表してジョニーが浮遊物に付属していたカノン砲を構えた。
しかし邪魔が入るのは最早お約束で。コムリンを撃つなと産みの親であるコムイがジョニーに突撃をし、操作を誤ったそれは四方八方に砲弾を発射する。

「何やってんだ、殺す気か!」

「反逆者がいて…」

「取り押さえろ!」

そうして縄で縛られたコムイはまるで生贄のようにコムリンの前に差し出され、涙ながらに声を発した。

「…コムリン。アレンくんの対アクマ武器が損傷してるんだって。治してあげなさい」

「え゛?」

『損、傷…』

コムリンはスピカの隣にいるアレンへと顔を向けた。
そしてピコンピコンと区切りの良い機械音をたてて高らかに言い放つ。

『優先順位設定!アレン・ウォーカー重傷ニヨリ最優先ニ処置スベシ!!』

そう言い終わり次第コムリンはにょろにょろと手を伸ばしてアレンの足を掴み引きずる。
バランスを崩したアレンは転倒し徐々にコムリンへと近づいていく。

『アレンを手術室へ連行ーーー!!』

「ぎゃあああ!何、あの入り口!!」

「さあ、リーバー班長!コムリンがエサに喰いついているスキにリナリーとスピカちゃんをこっちへ!!」

「あんた、どこまで鬼畜なんだ!」

「だってリナリーをマッチョにしたくないし!スピカちゃんに何かあったら殺されちゃうかもしれないじゃないか!」

「確かに…じゃなくて!」

そんな言い合いをしている間もアレンは手術室に近づいていく。
その中には小さなコムイロボがドリルやのこぎり、ギロチン鋏などを持って『手術、手術』と楽しげに繰り返していた。
悪寒の走ったアレンはマーテルで習得した新たな技を浴びせようと左手をコムリンに向けた。

が。

「ほにゃら?しびれるる……」

呂律の回らない口調のアレンがぱたりと倒れる。
ふと科学班を見ると細長い何かを手に持つコムイが無表情に眼鏡を光らせていた。

「あ、吹き矢なんか持ってたぞ!」

「奪え!」

「だってあんなの撃たれたらコムリンがぁ〜」

「大人になってください、室長!」

またもや巻き毛が仕出かし、科学班が押さえつけている。そんな最中、すでに身柄を拘束されたアレンが蒼白ながらにリーバーに訴えた。

「リーバーしゃん…リナリーとスピカをちゅれて逃げてくらはい……」

「アレン!」

「ぱやく…」

「アレンーー!!」

アレンの服の裾を掴むもすでに遅し。完全に収容された彼を引き戻すことはできない。

「スピカ、スピカ!手伝ってくれ!」

「あら?アレンの腕を治してくれるんでしょう?それにアレンは男の子だから筋肉質になるのは良い事じゃない」

「んな訳あるかー!」

涙ながら叫ぶリーバーの正面でコムリンがゆらりと動いた。
相変わらずコムリンの中からは人を手術しているとは思えない音が響いている。

『目的達成……次ハ…』

リナリーとスピカに向かって手を伸ばし出したコムリンに一同が悲鳴をあげる。
そしてリナリーの意識が浮上したのはちょうどその時だった。







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