司令室。その部屋の真ん中では机に突っ伏し、大きないびきを轟かせながら眠るコムイがいた。
それにリーバーが起きるように何度か呼び掛ける(若干手も出ていた)が目を覚まさない。

「リナリーが結婚するってさ」

「リナリィィー!!!!お兄ちゃんに黙って結婚だなんてヒドイよぉーー!!!」

「悪いな、このネタでしか起きねぇんだ。この人」

深い眠りから覚醒したコムイは滝のような涙を流しながら叫び続ける。
その傍らでアレンは呆然と、神田とリナリーは呆れながら、スピカはにこやかにそれを見ていた。


□□□


「いやーゴメンね。徹夜明けなもんで」

「俺もっスけど!」

「はははっ!」

リーバーの言葉を笑って誤魔化したあと、真面目な顔になり話を始めた。

「さて。時間が無いので粗筋を聞いたらすぐ出発して。詳しい内容は今渡す資料を行きながら読むように」

はい、とリナリーから資料を渡されたのは神田とアレン。
それが意味する所を理解した二人は互いに嫌な顔をして顔を見合わせた。

「二人コンビで行ってもらうよ」

コムイの言葉にあからさまに嫌な顔で振り向く。
そんな二人を見てもう仲が悪くなったのか、と問う。

「一応スピカちゃんを呼んどいて良かったよ」

「私も、行くのね?」

「悪いけど、そうゆう事だね」

アレンと神田の反りが合わないと踏んでスピカを呼んでおいたコムイの判断は正しかった。
先程の食堂の件もあり、スピカはわかった、と首を縦に振る。

「ありがとう。それじゃ簡潔に言うよ?…南イタリアで発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない。早急に敵を破壊し、イノセンスを保護してくれ」

「ああ」
「わかりました」
「了解よ」

各々コムイに返答をし司令室を後にした。





汽笛の鳴る音と車輪が回る音が鼓膜に突き刺さる中、スピカ達は建物から橋、橋から鉄柱へと飛び移りながら走っていた。

「あの!一つ気になる事があるんですけど!」

「それより今は汽車だ!」

資料片手にアレンが叫ぶが取りあえず第一に既に走り出している汽車に乗らなくてはならない。
ばっと飛び降り、探索部隊含む四人は汽車の上に着地した。

「と、飛び乗り乗車…」

「いつもの事でございます」

飛び乗った後は天井から中に入っていく。
当たり前だが乗務員は困り顔である。

「困りますお客様!こちらは上級車両でございまして一般のお客様は二等車両の方に……ていうかそんな所から……」

「黒の教団です。一室用意してください。」

「黒の……!?」

探索部隊が一言言うと乗務員ははっとする。
そして神田の左胸にあるローズクロスを見て慌ててそれを承った。

「何です、今の?」

「あなた方の胸にあるローズクロスはヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているのでございます」

「へぇ…」

アレンがローズクロスをちらりと見て関心の声を漏らした。

「ところで、私は今回マーテルまでお供する探索部隊のトマ。よろしくお願いいたします」

スピカ殿ははじめましてではありませんね。
そう言ったトマにスピカはえぇ、と頷いた。やはり教団の者とは全員と顔見知りのようだ。
そして、ちょうどその時、先程の乗務員が戻り、確保してきたコンパートメントに案内された。





「で、さっきの質問なんですけど」

席について落ち着いた所でアレンが口を開く。
それは資料に書かれていた古代都市マーテルの奇怪伝説についてだ。

「何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」

「………チッ、イノセンスってのはだな…」

「(今『チッ』って舌打ちした…)」

イノセンス、それは大洪水から現代までの間に様々な状態に変化している場合が多い。
そしてその結晶の不思議な力が導くのか、人間に発見されて様々な姿形になって存在していることがある。そして何故だかそれは必ず奇怪現象を起こす。『奇怪ある所にイノセンスあり』そう言われるように。

「へぇ…」

神田の説明にアレンは本日二度目の関心の声を発した。
その様子をスピカは少し前の自分に重ねてくすりと笑った。

「でも、イノセンスが怪奇現象を引き起こしてるなら、マーテルの亡霊って一体何なんですかね?」

「資料、もう少し読んでみて?ちゃんと書いてあるわ」

スピカに言われ二人は文面に視線を戻す。
そして読み進めていき、ある一文に目を止めた。

「…これは……」

「そう、マーテルの亡霊はお人形よ」

「人、形…」

「まぁ、よくある話よね」

「よくはないと思いますけど!?」

マーテルの亡霊の正体はかつて民達が造った、歌い踊る快楽人形。
500年たった今もなお動き続ける奇怪な存在。
そんなのがよくある事なんて聞いたことがない。

「こいつに常識を求めるな」

「失礼ねぇ」

今朝、部屋で会った時もそうであったがやはり彼女は少しズレている。
天然?そんな言葉で片付けて良いのか些か疑問であるが、神田の反応を見る限りどうやら気にしたら負けのようだ。

「(何となくオーラも不思議ですしね…)」

まだスピカを『天使のような人』としか思っていないアレンはそんな事を脳裏に浮かべた。

古代都市マーテルまであと少し。










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