グリフィンとライガが蔓延る艦体。しかし驚くほどにそこは静かで。
それはマルクト兵士は全滅しているからという意味ではない。確かに息をしていない者もいたがその数は乗員の一割にも満たないのだ。
部下たちはどこに行ってしまったのか、そんな疑問を持ちながらジェイドは艦橋を目指し二人を連れて走った。



「トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ…」



ティアの譜歌により眠りにむいた敵方の兵士を見て悪態をつくルークに見張りをするよう命じジェイドとティアは先程までセフィリアがいた艦橋の奥の部屋へ入る。
艦が占拠されているため、中にいるのがセフィリアではない事はわかっている。ならばすべきは同じように譜歌で眠らせ艦橋を奪還する事だ。
そして当のセフィリアはどこで何をしているのかというと…



「あー疲れた。ちょっと休も。」



艦橋前からは死角の場所でルークの様子を伺いながら休憩していた。
予言というものは繊細だ。些細な変化がその後に大きく影響してしまう。
ジェイドと通信機越しに会話した後、セフィリアはマルクト兵士の援護をしていた。ライガを薙ぎ払い道を開いては逃走の手助けをする。そしてタルタロスで命を落とすはずであった百四十余人の大半の運命を変えてしまった。よってすでに歯車が狂いはじめているのだ。



「ルークやあの兵士には悪いけど、物語がちゃんとシナリオ通りに進まなきゃ私も困るんだよね。」



だから、これからルークが人を殺す事も兵士が殺される事も何も知らなかったと見なかったことにする。
私はあの子のように絶対的な優しさは持ち合わせていないから、助けるべき者とそうでない者を『区別』するのだ。全てを救うなどしない。
予言を壊しながら軌道修正もする。その軌道修正の材料は見捨てる側に振られた者。そうしなければ物語が展開しない。
そうしてる間にルークの恐怖、焦り、困惑の混ざった悲鳴が聞こえてきた。
それを聞き付け艦橋からティアたちが出てくる。いくつか言葉を交わすがルークは未だに放心状態だ。



「殺した…?俺が、人を……」

「人を殺すのが怖いなら剣なんて棄てちまいな。この出来損ないが!」



荒い声が聞こえてくるなり譜術が放たれティアとルークが倒れる。
上から何者かが飛び降りてきた。ルークと同じ燃えるような紅い髪の少年だ。すかさず反応して避けたジェイドにさすがは死霊使い、と敬意を払うもその言葉は厭味である。
反撃を試みようにも二人の首元に剣を向けられている状態ではジェイドも下手に動くことはできない。



「隊長、こいつはいかがしますか。」

「殺せ。」

「アッシュ、閣下のご命令を忘れたか?…それとも我を通すつもりか?」



冷たく言い放たれた言葉を金髪の女性が咎める。
まるで何かを試すかのようなそれにアッシュと呼ばれた少年は眉間に皺を作った。



「ちっ……捕らえてどこかの船室にでも閉じ込めておけ!」

「了解。」



予言通りに事が進んだ事を確認し、連行されるジェイドらを影から見届け静かにその場を離れた。





□□□





『死霊使いの名において命じる。"骸狩り"開始せよ。』



暫くするとスピーカー越しにジェイドの声が聞こえた。それに伴い敵方の兵士たちが騒ぎ始める。
動力機関停止、官制装置停止、タルタロス制御不能。そんな不測の事態に復興へ走り回っているのだ。
そんな中、艦体と外壁を繋げる長い梯子のもとでセフィリアはルークたちを待っていた。



「うわ!こんなとこ歩くのかよ。」

「落ちないでくださいよ。そこまで面倒は見れませんからね。」



爆音が響き、立ち込める煙が流れた時、タルタロスの外壁に穴が出来た。
そこから現れた三人は幅十数センチの足場を伝いこちらにやってくる。



「やっほ〜脱獄者たち。」

「セフィリア!お前無事だったのか!」

「まぁね〜」



相変わらず間延びした口調で出迎えるとジェイドがセフィリアの頭から足の先までを見て微かに眉を寄せる。
武器はない、しかし無傷でさらにこの余裕。加えて自分たちが出てくる場所までも予測して先回りしている。一体何者なのか。



「ほら、次行くんでしょ?早く行こうよ。」

「…そうですね。」



セフィリアに促され唯一稼動している左舷昇降口へと向かう。
詮索は後だ。いくらでも時間はあるのだから。



「(なんて、なぜ私はこの娘がこれから先も同行する事を前提で物を考えているのでしょうね。)」

「おら、早く行くぞー」

「はいはい。年寄りなんですからもう少し労ってくださいよ。」



セフィリアへの蟠りはルークの声に掻き消される。
飄々とした態度で返事をし、普段より少し大股で歩き始めた。







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