はらはらと舞い散る白い羽。
ルグニカ平野にまばゆい光と共に現れたのは一人の少女。

「訂正。『美少女』だよ。」

光と共に現れた一人の成人女性。

「だーかーらー!!美少女!び しょ う じょ!!」

…美少女。

「よろしい。はい、続けてー」

天界の住人である彼女がオールドラントにいる理由。
それは実に単純なものだ。

そう、暇つぶしである。

「下界に行くと問題ばかり起こすとか言ってさ、天界から出してくんないんだもん。」

でもこっそり出てきちゃったもんね、と満面の笑み。
今頃お空の上では彼女が脱走した事で大騒ぎだろう。しかし天界は存在する全ての星と繋がっている。数多の星々の中からオールドラントを、とりわけ彼女を見つけ出す事は不可能に近い。
したがってこのトラブルメーカーは、しばし地上での長期休暇を楽しむことになるのだった。

「さてさて、まずは人がいるトコに行かなきゃね。こっから1番近い街はどこかな?」

パチンっと指を鳴らすとオールドラントの世界地図が現れる。
東ルグニカ平野、エンゲーブ付近で赤い印が『現在地』と主張している。
ただの紙でできた地図がそのような便利機能を備えているのは天界アイテムであるが故である。

「エンゲーブね。ま、行ってみますか。」

たまには歩いて行くのも悪くないと思い、見渡す限り広がる平野を鼻歌つきで歩く。
関わると碌な目に合わないというのは魔物も本能で察知しているようで、決して近寄ろうとはしない。

「いつも飛んでたからなぁ。歩くのとか久しぶり!」

そんな事を言った直後に彼女の視界に入ったもの。
それはその辺にいる凶悪な顔付きの魔物と違うかわいらしい魔物。

「かっわいー!!捕まえて天界のお土産にしよ!」

お土産と呼ばれた魔物、チーグルは人に慣れている訳もなく、彼女の姿を確認するなり逃げて行った。
それをダッシュで追い掛ける。エンゲーブを過ぎて森の中に入っている事にも気付かずに…








「あれ〜?どこ行ったのかな?」

チーグルを見失って、森の中を散策していると人の気配を感じた。
辺りをキョロキョロと見回すと青い軍服を着た男とピンクと白を基調とした服の少女が歩いている。

「こんな森に人……?ふ〜ん何かありそうじゃん。ついてこ!」

にんまりと笑い、楽しそうな匂いをキャッチした彼女は二人の後ろをついて歩く。
暫くすると前方の二人は洞穴のような所へと入って行った。

「わお、いかにも楽しい事がありそうって場所。」

思わず口笛を吹きながら穴の中へ入り込む。下り坂を歩いていると最下層からだろうか、誰かが戦っている音が聞こえた。
つい早足になりつつ下へと急ぐ。

「?…あ、やばっ」

下から何かが駆け上がってくるのを感じ素早く岩影に隠れる。
通りすぎたのは軍人といた少女だった。

「さっきの女の子…」

どうしたのかなぁ?と考えながらも特に気にとめず再び足を動かす。
戦闘の行われているエリアに着くとそこは少し拓けており、先程の軍人と新たに登場した二人の少年少女と巨大な魔物がいた。

「魔物退治?私も参加しよっ!」

そう言って飛び出そうとした矢先、軍人の彼が一撃必殺と言わんばかりの大技を繰り出し魔物はそのまま召されてしまった。
完全に出鼻を挫かれ何とも言えない気分になる。

「さて、いい加減に出てきたらどうです?」

「あれ、気付いてたの?」

「気付かないと思っていましたか?」

「まぁ気配は殺してなかったし、軍人なら気付いて当たり前かもね。」

心なしか嫌みっぽい軍人にセフィリアもまたさりげなく嫌みを返す。

「おやおや、随分なじゃじゃ馬のようですね。それで?あなたはこんな所で何をしてるんですか?」

「楽しそうな気配がしたから来たの、それだけ!」

「ほう…?」

雰囲気こそ柔らかいが、ジェイドはセフィリアに向ける目を鋭くしていた。
それにも怖じけづく事なく対等な口ぶりで返す少女に少しばかり興味を持つ。

「……とにかく、一度ここを出ませんか?」

「イオン様…ええ、そうですね。ここは空気が悪い。」

緑色の髪の少年、イオンの言葉にセフィリア以外の三人は頷いた。



□□□



ルークに連れられやって来たのは立派な大木の前だった。
大木の根本には人が余裕で通れる程の穴が開いており、そこから中へと入った。

「わ、さっきのちっちゃいのだ!」

「聖獣のチーグルというんですよ。」

「聖獣?(尚更持って帰りたいなぁ。)」

どれにしようかな、と端から品定めをするかのような目で自分たちを見てくるセフィリアにチーグルは背筋が寒くなるのを感じた。
その横ではチーグル族の長と今回ルークたちがライガの元へ行かなくてはならなくなった原因であるチーグル、ミュウの会話が行われている。

「二千年を経てなお、約束を果たしてくれたこと、感謝している。しかし元はといえばミュウが原因。そこで、償いとして季節が一巡りするまでの間、ルーク殿にお仕えする。」

長にミュウの主人に指名されたルークはあからさまに嫌な顔をした。

「俺は関係ないだろ!」

「ミュウはルーク殿に着いていくと言って聞かぬ。処遇はお任せする。」

面倒臭さと不機嫌さが入り混じった表情で足元にいるミュウを見下ろすルーク。
主人の権利がいらないなら私がもらってあげるのに、とセフィリアは小さく頬を膨らます。

「連れていってあげたら?」

「チーグルはローレライ教団の聖獣です。可愛いですよ。」

ティア、イオンの言葉に、ルークも諦めたようにため息をひとつ。

「なら、ガイたちへの土産ってことにでもするか…」

「お役に立てるように頑張るですの。よろしくですの、ご主人様!」

「やっぱうぜぇ!」

『ですの』口調が気に食わないのかミュウを捏ねくりまわすルークにティアが怒声をあげる。
普段のセフィリアであればそれに混ざるのであろうが、ジェイドの眼鏡を隔てた先にある紅い瞳が執拗に自身を眺めているためそのような気分にもなれなかった。

「それじゃエンゲーブに戻っか。」

ルークがそう言い歩き出す。
『あれ?楽しい事はもう終わり?』そう思ったセフィリアの考えは数分後になくなる。







森の入り口付近まで来ると、先程ライガの巣で見た少女が小走りでやってくる。

「お?あの子、おまえの護衛役じゃないか?」

「はい、アニスですね。」

「お帰りなさ〜い。」

「ご苦労様でした、アニス。タルタロスは?」

「ちゃんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでって言うから特急で頑張っちゃいましたv」

ね?と振り返るアニスの後ろから十数人の兵士が武器を構えてルークたちを囲む。
ルークとティアは慌てて武器に手をつけるが、セフィリアはその様子を見て口角を上げるだけ。

「そこの二人を捕らえてください。正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです。」

ジェイドがそう命じると、兵士たちは剣先をルークたちに向ける。

「ジェイド!二人に乱暴なことは……」

「ご安心下さい。何も殺そうという訳ではありませんから。……二人が暴れなければね。」

焦るイオンにジェイドはにっこりと笑い答える。
笑顔なのに逆らえない雰囲気、それがルークたちから抵抗の気力を奪った。
降参とばかりに手をあげる二人にまたジェイドは笑みを浮かべる。

「いい子ですね。――連行せよ。」

やっぱり面白くなりそう。
セフィリアは連れていかれる二人を見ながら口角を上げる。

「さて、あなたにも聞きたい事があるのでご一緒願えますか?」

「いーよ。むしろ連れて行って欲しいくらいだしね。」

「ほぉ?」

「(良い暇潰し見つけちゃったなぁ。当分は楽しめそう。)」

そうして物語は動き出した。





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