しとしとと降る梅雨の雨とは違い、まるでバケツをひっくり返したような豪雨が総司令室の窓を叩く。
ちらりと背後の窓を見るが、黒い雲で覆われた空は絶えず雨を降らし続ける。
生命の恵みと言われるそれを、未だに俺は好きにはなれない。



初めて雨を見た時は子供のように(子供だったけど)はしゃいだ。
ヨーコに呆れられながらも天から落ちてくる水に感嘆の声をあげずにはいられなかった。



でも、あの日から俺はどうしても雨が嫌いなんだ。
アニキが逝ってしまったあの日から。



書類にサインをする手を止めて部屋を見渡す。
無駄に広いこの部屋に一人でいる事は俺を不安にさせた。

いつもより暗い部屋、誰もいない孤独感。

また何かを失ってしまいそうで、怖くなった。
俺がこんな調子では市民も安心できない事はわかってる。
だけど俺も普通と変わらない、ただの人間なんだ。



「煩い…」



耳を塞いだ。



「煩い、煩い、煩い!」



窓を叩く雨の音も速くなる鼓動も全て煩い。
お願いだから思い出させないでくれよ。



「シモン…?」



扉の方から声が聞こえて、ばっと顔をあげる。
そこには全身びしょ濡れで、タオルを持った名前がいた。
その姿に驚いて駆け寄ろうとしたのに足に力が入らない。



「どうしたの?大きな声が聞こえたけれど…」

「別、に…何でもないよ…名前こそ何で…」

「ここに来る途中で傘がなくて困ってる女の子がいたから…まぁ、あってもなくても変わらなかったけれどね。」

「…そ、そっか……」



恐らく受付で渡されたであろうタオルで髪を拭きながら座っている俺の隣にやってくる。
肩をすぼめて笑うも、いつもより白く見える肌や、ぺしゃっとした髪が名前を儚く見せ思わず手を掴んだ。
俺の挙動を訝しむように名前を呼ぶ名前の体温は冷たくて、頭の中でアニキが死んだ時の映像がフラッシュバックした。

掴んでいる手がカタカタと震える。
それに気付かれないように名前を引き寄せて抱きしめた。
座った状態であったため顔が名前の腹の辺りに埋まる。



「濡れちゃうわ。」

「構わないさ…少しこうさせてて。」



抱きしめていれば消えないと思った。
そう思いながら腰に回す腕に力を入れる。



「………雨は…私もまだ好きになれないの。」



その言葉に顔をあげようとしたけど、名前の手が俺の頭に置かれた為それは叶わなかった。
その手はひどく優しく温かく、俺を安心させるには十分すぎた。
自分の腰にかかる力が揺るいだ事に気付いた名前は、そのまま頭を撫でてくれる。



「辛いなら、辛いって言って、泣きたいなら泣いても良いんじゃない?」



ああ、名前は何でもわかっているんだ。
今日だってここに来たのは雨が降っていたからだろう。



「大グレン団のリーダーとか、総司令とかは関係なくて、シモンはシモンでしょう?我慢する必要なんてないの。」



顔をあげると名前と目が合う。



「泣く事が弱いという訳じゃない。その後ちゃんと立ち上がれるシモンは強いわ……だから、無理しないで?」

「…っ…あぁ…」



その言葉で我慢の糸が切れたのか、俺はとめどなく涙を流す。
名前はゆっくりしゃがんで、情けなく鳴咽が混ざりながら泣く俺を抱きしめてくれた。













ああ、きっと俺の目は赤くなってるんだろうな。
あんなに泣いたのは久しぶりだ。

彼女に甘えてしまうのは、言動一つ一つが偽りの自分を崩してしまうから。
どこまでも優しく、温かい名前から離れる事はこの先何年経っても無理だろう。



「今日は一緒に寝ましょう?」

「…そうだな。」



これも気遣い。一人でいる事への不安も気付いていたんだ。
本当に、名前には敵わない。



「ありがとう、名前。」



空が泣き止み、光が射した。