「いやぁ、参った参った。まさかこうも周りから反感を買うとはね」

自室で愚痴りながらもケラケラ笑う。学級委員長委員会委員長を務める六年は組の尾張幸三郎こと、私は自分で入れた白湯を啜った。目の前には同室の食満留三郎が用具委員の仕事をしている。用具委員と言いつつも、やっていることは備品の修理である。

「だから修理委員会と呼ばれるのだというのに」

「ほう、お前は俺からも反感を買いたいようだな」

すかさず私は両手を上げて降参の意思表示をする。留三郎の手にはまだ手入れが済んでいない学園の備品が握られている。備品といえどもここは天下の忍術学園。彼の手に握られているのは寸鉄という列記とした、人を死に至らしめることができる暗器だ。加えて手入れ前だから少し錆びている。錆びた寸鉄で傷など作れば即刻保健室行きである。普段なら何てことないが、今保健室の世話になるのは少し遠慮したい。

「悪かった。ここ数日疲労が絶えなくてね、今のは完全に八つ当たりだった」

「何かあったのか?」

「ある子を少しからかったんだ。そうしたら」

「くノたまに罵倒されていたとかなんとか、色々な人に咎められたとかそうでないとか、だろう? 伊作から聞いた」

まったくお前って奴は、とでも言いたげな顔で留三郎は苦笑しながら寸鉄の錆びとりを続けた。

「寸鉄といえば、寸鉄を得意武器としている五年の久々知兵助の恋路に茶々を入れてそうだな。そのついでに課題の邪魔もしたとか。それが理由か」

「なんだ知っていたのか」

「俺も忍者の端くれだからな、ある程度の情報収集くらい」

それでなくとも学園内の情報はすぐ回る、と言いながら留三郎は肩を竦めて見せて手元に視線を戻した。構わず私は話を続ける。

「伊作には後輩を苛めるなと言われ、久々知からは見かける度に一睨みされ、挙句の果てにシナ先生からは軽いお咎めだ」

保健室に行きたくない理由の一つがこれだ。級友の善法寺伊は保険委員長、つまり件のくノたまの委員会の先輩にあたる。その伊作が今の私を咎める一人なのだ。仙蔵など大笑いしながら「良くやった」とまで言っていたのに。相変わらず伊作は後輩思いで優しい。その優しさを、今は少しでも私に向けて欲しい物である。

「シナ先生からとは意外だな」

「なんでも、そのくノたまは優秀だからあまり成績に痛手を負わせたくないらしい。お陰で秘蔵の酒を一つ失ったよ」

「なるほど、同室の俺らにも秘密の酒とはな」

「あ」

自分は本当に疲れていたらしい。例え五年間と少し同室だったよしみでも、いつもならばこんな簡単に口を滑らす事は無かった。因みに、私が酒を隠し持っている事が他の者に知れたらたかられる事は容易に想像がつく。

「……他の奴には内緒にしてくれ」

「ああ、それでなくともどうせ仙蔵なんかは結構な数を隠し持っているだろうよ」

授業に使う備品の手入れを手際良く済ませた後、留三郎は桶の緩んだ箍を外して組み直している。本当に何でも直せる事が修理委員会と言う名に拍車をかけている。留三郎も分かってはいるのだろうが、如何せん根が真面目なものだから断りきれないのだろう。これで六年生一の武闘派と言われているのだから、人は見かけによらないものである。

「摘みは学級委員の茶請けで構わん」

「くっそ! 足元見やがって!」

「代わりに伊作には口添えしてやる。『珍しく幸が参っていたからもう許してやれ』って」

「それは助かる。酒の席にも呼ぼう、最近とんと飲んでないからな」

そこではたと思い付いた。酒、その手があったか。シナ先生に渡した時に思い付いても良かったものを。

「名前ちゃん、酒でも渡せば機嫌直るかな」

ぼそりと言った呟きを聞いた留三郎が「はあ?」と素っ頓狂な声を発した。

「くノたまに酒ぇ? やめとけやめとけ、変に勘繰られるぞ」

「じゃあ久々知経由とか。でなくとも他にもやり方は色々ある」

「……第一お前の好みは女子にうけないだろう」

「梅酒をこの前貰った。にごり酒なんだが、私はそこまでにごり酒好きではないから丁度処理に困っていた所だ」

「その事本人達言うなよ」

「さあ、どうしようかね」

善は急げ。そうと決まればすぐに行動だ。

「じゃあちょっとご機嫌取りに参りますか」

部屋の襖を開けて外へ出る。さてあの梅酒はどこに隠したっけな。




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