神様だって怒るんだね 元禄が過ぎ、幕府が崩れて300年。 「…本当だったなぁ、魎」 車にコンクリートの地面、行き交う人々は刀を持たずに、着物をまとった一般人は滅多に見ることがなくなった。 東京と名を変えたシマには高層ビルが立ち並び、江戸城以上の高さのマンションに人が住んでいる。 「不思議なもんだな、本当に"ここ"にいたのかい?」 呼びかけても答える声などない。 目の前に広がるのは奴良組のシマ。 リクオを連れて高台まで遊びにやって来て、町を一望出来る場所でふと思い出した。 墓の前で、報告か…。 結局あの騒動で、骨も拾ってやれなかった。 山ン本を倒しに行って魎のもとに戻るとすでに骸は火の中へ。 煤けた瓦礫の中から出てくる沢山の人骨のどれが魎なのか、わかるはずもない。 「…おめぇの墓は、"ここ"と、"ここ"だよ」 目下のシマを見下ろし、懐を撫でる。 江戸で生きたんだろう? 現代を生きたんだろう? ならば江戸があった、この町が墓。 お前が生きたことを知る、この俺が墓だよ…なぁ? 今日も晴天。 雲ひとつない空で、太陽は鯉伴を照りつける。 声ぐらい聞かしちゃくれねぇかな。 頬を撫でる風ですら、魎の返事のように思えた。 自嘲する。 妖怪の主ともあろう自分が、亡くなった人間のことを思うなど。 幽霊になってやってくるかとも思ったが、それすら無い。 「…魎、俺ぁお前のこと、息子のように思ってたんだぜ?」 生きて欲しかった。 どうしても、笑っていて欲しかった。 叶わない願いだ。 若かった自分では、守り通せなかった。 後悔しても、遅いがな…。 「父さーん!」 「…おう、リクオ。何か面白いもんでも見つけた、か…?」 「うん!あのね、お兄ちゃんがお団子くれたよ!」 小さな手に握り締められた2本の団子。 鯉伴は目を見開いてリクオに走り寄った。 「そ…、だっ…!?」 「え?」 「〜〜っ今その兄ちゃんはどこにいんだ!?」 うまく舌がまわらないほど動転していた。 確証は無いが確信はあった。 リクオの肩を強く揺さぶるが、リクオはあっけに取られた様に首を横に振る。 「しらないよ。もらったらすぐに父さんのとこに来たんだもん」 「〜〜〜〜っちょっと待ってろよ!すぐに戻る!!」 そのまま鯉伴はリクオを待たせて走り出す。 心臓が早鐘を打つ。 物凄い速さで去っていく父をリクオは大きな声で引き止めた。 「あ!父さん!!ぼく、伝言あずかったんだよ!!」 「何ぃ!?何て言ってた!?」 高台から、リクオと鯉伴が大声で会話する。 平日の昼間、他に散歩する人間がいなくて良かったと頭のどこかで冷静に思った。 「"本当だったろ"!それと"ここは明るいだろ"って言ってたー!!」 「っ……そ、か…」 そうだな、ここで生まれたんだもんな。 ここの方が明るいだろうよ、ずっと帰りたかったんだろうな。 闇は、消えたのか。 「リクオ!動かずに待ってろよ!!」 「はぁい!!」 再び鯉伴は走り出す。 坂道を下って、高台の入り口まで戻った。 団子屋なんて在りもしない。 舌打ちひとつ落として、鯉伴は手当たりしだい探し回った。 「っ魎!?いるなら返事しろ!!」 腹から声を出して呼ぶが、返事は無い。 太陽が邪魔をするように熱を浴びせる。 額からじんわりと汗が出る。 「魎!?おい、いるんだろ!!?」 風が吹いた。 火照った身体に冷たいそれが心地よく染み渡った。 ただ、静寂が、鯉伴を絶望に突き落とす。 高台でリクオは団子を頬張った。 程よい硬さで、程よい餡子が乗ったそれは思わずリクオを笑顔にさせる。 「美味しい!」 「そりゃ良かった」 「でも良いの?父さんはお兄ちゃんを探してるんでしょ?」 「良いんだよ、こっちだってずっと団子作りながら約束守るの待ってたんだから」 ちょっとした仕返し。 魎の時は止まっている。 あの時と同じ17歳の姿で、リクオの頭を優しく撫でた。 「お兄ちゃんって妖怪なの?」 「さぁねぇ。人間かもしれないし、幽霊かもしれないし、妖怪かもしれない」 「?」 「お兄ちゃんはね、実は2回死んだことがあるんだよ」 「え、死んだの?でも今生きてるよ?」 「うん。…神様に、助けてもらったんだ」 リクオの頭に沢山の疑問符が浮かぶ。 まったく言っている意味がわからない。 その様子を楽しそうに魎は見つめた。 「キミのお父さんが、助けてくれたんだよ」 「じゃあ、ぼくの家に来ればいいよ!似たような奴らばっかだよ」 「あはは、うん。お父さんが疲れて戻ってきたら、言ってみようか」 「うん!ぼくからもお願いする!だから、またお団子食べたい!」 「いいよ、いくらでも作ってあげる」 ぎゅ、と繋がれた手は温かい。 リクオを見る魎の目には光が宿っている。 さあ、神様に挨拶をしましょう。 「調子はどうだ?」と、笑って言ってやりましょう。 きっと神様は、怒ったように「ぼちぼちだ!」と返すはずですから。 [*前] | [次#] 【戻る】 |