助けて神様お願いだよ



平穏無事な日常が壊れる音を魎は知っていた。
1度目は34年前にトラックを目の前にした時、
2度目は10年前に山賊が村へやってきた時、

今回で、3度目。


「魎!!早く逃げなさい!!」

「女将さん…っ嫌だ出来ねぇ!」

「良いから行け!ここは俺の店だ!俺が守る!」

「っ旦那さん…!」


なんでなんでなんで急にどうして?


「早く!化物が来る前に…っ」

「行っちまえ馬鹿野郎!早く!」


優しい女将さんは魎を守って崩れる家の下敷きになりました。
それを助けようとした意地っ張りな旦那さんは、いつのまにか退路を火に囲まれてしまいました。


優しい女将さんは逃げろと言います。
意地っ張りな旦那さんは、ぶっきらぼうに「心配するな」と言っていました。





化物、と呼ばれた山ン本の部位が町を襲う。
あれが何なのか、人間には理解できない。
理解できない邪悪なものを、この時代では"妖怪"と呼ぶ。


「〜〜〜〜っ」


泣きながら魎は走り出した。

道中で化物が女の子を掴み、遊ぶように首と胴体を引きちぎった。
ああ、あの着物はよく店に来てくれていたあの子のものじゃなかっただろうか?


崩れた家がひとつ燃えるとあれよあれよと言う間に火の手が伝わった。
ああ、あそこで炎に巻かれているのは子供の名付け親になると胸を叩いたゲンさんだ。


周りを見渡すと、この2年間で親しくしてくれた人たちの断末魔。
ああ、これだ。
この音だった。
知っていたのに、忘れていた。


闇に吸い込まれる音。



「あ………」



目の前に異形のモノ。
大きなそれは目と思われる部位を光らせ魎をとらえた。

この感覚は、恐怖か驚愕か。

魎は自嘲する。
"でじゃぶ"ってやつだと。


「〜〜〜っあああああ!!?」


体が宙に浮いて、内臓が締め上げられるような気がした。
大きな指で掴まれた魎の体は燐寸棒のように簡単に折れる。

眼前には、鋭い歯と汚い舌。


食われちまうのか…今回は痛い死に方だなぁ…。


そうでなくても、このままだったらどうせ死んでしまうというのに。
痛みを感じるのは嫌だった。

どうにも出来ないから空を見る。

闇が誘っていた。



「っ魎!!」



突如自由になった肢体は重力のまま地面に叩きつけられた。
折れた骨が更にバラバラになった。


闇に差し込まれた光は、いつか助けてくれた神様。


「こ、い…さんだ…」

「馬鹿、喋んな!」


母譲りの力を使うが、魎の体は今まで体験した中で一番ボロボロだった。
粉々の骨は中々くっつかない。
潰れた内臓が悲鳴を上げた。


「な、なぁ…鯉さん……?」

「ああ!?喋んなって!!」

「も、いい、て…おれ死ぬ…」

「巫山戯ろ!良いから、黙って…っ」


鯉伴だってわかっていた。
もう無駄なことだということぐらい、今までだって何度も体験しているのだから。


「お、れさぁ…?いっぺん、死んだ…んだ。むかしに…」

「は…?なんだそりゃ、ならお前は幽霊か?」

「ははっ!……っだったら、良かった…また生きちゃった…」


頬を涙が伝う。
なんで悲しいのかわからない。
どうしてこうなったのかがわからない。

わからないから、泣くしかなかった。


「前に、いたんだ……前に…言った世界、に…」

「…未来の話か?」

「そ…だから、本当……鯉さん、やくそく」


泣きながら、笑った。
震える細い小指を鯉伴の胸につける。

悲痛な表情を打ち消して、鯉伴は笑った。
いつもの不敵な笑顔。


「ああ…っ、約束は違えねぇ…」

「さすが、鯉さんだ……ああ、もー何も…見えねぇ…」


ずっと寂しくて、ずっと悲しくて、ずっと帰りたかった。
ずっと暗くて、ずっと一人で、ずっと泣いてた。


「鯉さん…見えねぇや…」


闇色の世界。
一度差し込まれた光は、闇に呑まれた。

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