みつけてください、神様



そもそもの間違いは、きっとあの時性懲りも無く未練を持ってしまったからだろう。

死ぬことはこれっぽっちも怖くなかった。
だってもう経験したことがあったし、二度目の人生も楽しいものだったじゃないか。
何を思い残すことがある。


「山吹、どうした?具合でも悪いのか?」

「え…あ、いいえ。何でもありませんよ」

「考え事かい?」

「そんなところです」


腕が伸びて、肩をつかまれると安心する香りに包まれた。
ほら、幸せじゃないか。


「そうやってぼんやり空を見上げる様子は、実にあいつに似ているな」

「…あいつ?」

「昔、ちょいと世話をした子供でなぁ…孤児だったが団子屋に奉公させたんだ。下手糞だった菓子作りもまぁまぁ上達して、これからだって時に……俺が不甲斐ないせいで短い人生にさせちまった」

「………それは」


俺だよ、鯉さん。
それは、俺なんだよ。


「可哀想、ですね…」

「ああ、…悪いな、こんな話。せっかくの逢引だってのに」

「いえ、元は私が考え事をしていたせいですから」


生きたいの?と聞かれた気がして、生きたいと答えた。
じゃあ、私の代わりに幸せになってと言われて、気が付いたら驚くほど美人になった俺がいた。

この体の持ち主が、どういう女性だったのか分からない。
名前も知らないし、どんな生き方をしたのかもわからない。

ただ世を儚んで、それでも幸せを望んでいたことはわかる。


「何を考えていたんだ?」

「ふふ、つまらないことですよ」

「…ふぅん。俺と二人きりだというのにつまらない事に集中するってわけかい」

「え!あ、違います!違わないけど…」


じとりと腕の中にいる俺を見下ろす鯉さんは、への字にした口をすぐに笑みに変えた。


「悩みがあるなら言え。俺が必ず何とかしてやる」

「そんな、悩みなんて…」

「……子供のことかい?」


微笑みが少し、寂しそうな顔に変わる。

鯉さんに再会して、この美貌もあってか見初められて、晴れて恋仲、夫婦になれた。

ただ、幸せな家族を作ることは今も出来ていない。
俺自身は幸せだというのに、俺はこの人を幸せにすることが出来ていない。


「……心配するな。俺は別に今のままで十分だ」


腕に力がこもり、鯉さんのぬくもりが首筋に伝わった。

鯉さんに会いたかった。
死にたくなかったわけじゃない。
鯉さんと離れるのが嫌だった。

だから、今の環境を与えてくれた真の「山吹乙女」に感謝をしなければいけない。

俺は、約束通り幸せです。


「山吹さえいれば、それでいい」


鯉さんが与えてくれた新たな名前、深い愛情。
俺はこれ以上無いほど満たされています。


「…私も、同じ気持ちですよ。あなた」

「山吹…」


身を捩ると間近に美丈夫の顔。
切なげに笑う鯉さんがゆっくりと唇を寄せてくる。

これといった緊張も無い。
安心感と、ほんの少しの罪悪感。

ねぇ、鯉さん。
俺の事、覚えていてくれてありがとう。
「山吹乙女」を愛してくれてありがとう。
俺も本当に、あんたが好きだ。

大好きだ。


「名を、呼んじゃくれねぇかい?」


互いの頬に手を当てて、互いの瞳を見つめあう。


「……愛してます…鯉伴様」

「…俺も、誰よりも何よりもお前が大事だよ。山吹」


でも、どうしてこんなに悲しいんだろう。
愛されているのに、愛されていないと感じるのは何故だろう。

俺は、ただ、あんたに会いたかっただけなのに。



もう、鯉さんって呼べないのかな。



幸せな毎日を過ごすことで俺が俺じゃなくなっていく気がして、それが何よりも怖くなる。
山吹乙女で良いはずなのに、「違う!」と心で叫んでいる。


あんたに会いたくて三度目の人生。
俺はまだ、再会すら出来ていない。

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