説明書は最初に読んでください



首無が箱の中に入っていた布を広げている。
完全に怒らせてしまった。
これは本当にしばらく陽の目を見ることは出来ないかもしれない。



俺は"綺麗"という言葉が、大嫌い。



モノとしての俺に言われるならばまだしも、人型の俺にその言葉は嫌味でしかない。
だって、この姿は魎の写しなのだから俺が褒められているわけじゃない。


他の誰かに綺麗だと言われると、かつての主人を褒められているようで別に何も嫌な気にはならなかった。


だけど、首無だけは別だった。


「…へぇ、魎って室町に作られたのか」


俺の説明書きに首無が目を通しながら感嘆の声を上げた。

そういえば首無は俺のことあまり知らないんだったな…。
今まで聞かれなかったから答えなかったけれど、だからこそ何で俺が魎という名なのかも知らなかったんだ。


…ちょっと悪い気がしてきた。
この喧嘩って俺の方が悪いのかもしれない…。


「大店の子息の元服の祝いで、ね…なるほど、通りで凝った蒔絵なわけだ」


どうしよう、これは俺から謝った方が良いのか?
でも無意識だとしても首無が嫌なこと言ったのは事実だし…考えたら首無だってまだ謝ってないし…。


「病弱の息子か。確かに似顔絵もどことなく弱弱しいな…」


そう、はかない人だったらしい。
魎のもとにいた時はまだ意識も全然無かったけれど、様々な主人のもとを行き来するたびに聞かされたから耳にタコが出来たぐらいだ。

聡明で健気で、それでいて病弱なんて美少年の三拍子じゃないか。
俺の模様がこれほどまでに見事なのも、この魎の優れた美意識によるものだし…本当に鼻が高いけれど憎たらしい。


首無は魎の肖像画を眺めながら小さく噴出した。


「肌の色は赤くしてあるけど目なんか窪んで顔もこけてる…魎とは間逆だな」

「…え?」

「え?」

「ちょっと…見せて…」


身を乗り出して首無から説明書きをひったくって穴が開くほど魎の顔を見つめる。
本当に俺とは違う不健康な少年が紙の中ではにかんでいた。


「……なんで…?」

「魎…?もしかして自分の最初の主人の顔…知らなかったのか…?」

「知らないも何も…俺の顔が魎の顔だって…名前だって同じだし…」


知る必要なんて無いと思っていたから、自分の箱ですら自分で開けたことなんて無かった。


「…今わかった。魎が怒った理由の全部が」

「………」

「この商家の息子と同じ顔だと思っていたから、自分の顔を褒められるのが嫌だったんだろう?」

「…だって、首無が魎を好きみたいで…腹立つじゃんか…」


首無が大きな溜息をつく。
自分の全身からさっと血の気が引く音が聞こえた。


この喧嘩は、完全に俺が悪いみたいだ。


自分の勘違いで、一週間も我侭を突き通してしまった。
それに加えて、首無を叩いてしまった…。


「………」

「…魎」

「ご…ごめん、なさい……」


頭を深く下げた後恐るおそる頭を上げると、首無が無表情のまま俺を見下ろしていた。
さ、さすがは常州の弦殺師…目から光が消えてる…。


「…自分勝手に怒って、一週間も俺を無視して、挙句の果てには誤解?」

「ごめんなさい…」

「………」

「っ」


さっきと同じように頬に手を添えられる。
瞬間に体が震えたのは、恐怖によるものに間違いない。


「っ首無…!?」

「…お仕置きしなきゃね」


俺の服を脱がしながらにやりと笑った首無の目は全く笑っていなかった。


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