丁寧に扱ってください



宣言通り、首無が怒っている理由に気づかない限り人型には戻っていない。

よく一週間も口を利かずにいれるもんだと自分でも思う。
流石に唐辛子を詰められた時や、少し乱暴に扱われた時は思わず戻りそうになったけれど我慢した。


三日ぐらい前から俺の中には唐辛子が山程詰められていて、涙が出そうなほど全身が痺れている。

だけど首無のちょっとした意地悪に負けるぐらいじゃ、今後も同じことを繰り返すってわかってる。
だからここは我慢、我慢なんだ。



「魎、いい加減に機嫌直しなよ」

「………」



掃除を終えた首無が俺の前に座った。

口を利かなくても、こうして首無には毎日会えるし首無から触れてもらえるから今まで我慢できたんだろうなぁ。

自分からは動くことは出来ないし、喋ることも出来ないけれど、首無が俺を手のひらで包んでくれるだけで少しずつ怒りはおさまっていった。


だけど、我慢!


「このままじゃ埒が明かないことぐらい魎だってわかってるだろう?」


わかってるよ。
それでも首無には、首無だけには気づいてもらいたいんだ。
俺が何で怒っているのか、その理由は本当に些細でくだらない。


「…ずっとモノで通す気なら、他の棗に変えたって良いんだぞ」

「!」


大きな溜息をついた首無が、道具をしまっている棚に向かっていった。
本気…ということらしい…。

…なんでだよ、ちょっと意地を張っただけじゃないか。
なんで気づいてくれないんだよ、俺の怒った理由ぐらい恋人なら気づいてくれたって良いじゃないか。


「………」


カタン、と音を立てて小ぶりの桐の箱が目の前に置かれた。
首無が怒った顔で蓋を開けている。

蓋の裏側に俺の名前が書かれているから、確認しているようだった。


「…魎好み 朧月夜蒔絵 中棗っと…これだな。魎、いい加減にしないと本当に棚にしまってしまうよ」


…魎好みというのは昔の偉い人の息子が魎という名で、朧月夜蒔絵というのは魎が朧月夜の絵が好きだったから。


もうお分かりの通り、俺は魎のために作られた道具。
体の弱かった魎は茶室にいる間だけ原器だったみたいで、ゆったりとしたお茶の時間を楽しんでいた。


モノとしての俺は自分でも胸を張るほどの素晴らしい棗だと思う。
だけど、人としての俺は…結局魎の姿。

魎だけの魎のための道具だったから、人型の俺は…俺じゃない。


「…魎に代わるほどの棗なんてそうそう無いんだぞ」


首無はモノとしての俺を気に入ってくれた。
人型の俺を好いてくれた。


それは本当に嬉しいことだったのに、嫌なことだった。


「…本当に、怒った理由わかんないのか?」


人型に戻った俺は首無と向かい合って尋ねた。
首無の顔は怒っては無かったけれど、笑ってもいなかった。


「…わからないな」

「…なら、もういい」


ぽとぽとと涙が落ちる。

もういい。棚にしまわれたって、別にいい。
今までだって箱の中で何ヶ月も過ごしたことだってあった。
そんな事は慣れているし、首無がわかってくれないならばそれでいい。


「泣かないでくれよ…」

「っ…やだ、さわんな…」


頬に手を当てられて涙を掬われる。
それを拒絶するように俺は顔を背けた。

こんな態度でも許してくれるように首無が優しく俺の頭を撫でてくれる。



「…泣いた顔も綺麗だけど、笑って欲しいな」

「――っ!」



次の瞬間には首無の驚いた顔と、その頬に付けられた赤。

叩いてしまった、と後悔する暇も無く俺は再び棗の姿に戻った。



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