サンキュー!サンキュー!



帰っちまうんだなー、と誰かが呟いた。
奴良組総出で見送りに来た。
大きな風呂敷を大事に抱えて、魎は頭を下げた。

白い顔を寂しそうに歪ませる。


「そう悲しむなって、また会えるさ」

「…ヌラリハン」

「おう」


笑いかけてくれた鯉伴に、魎は一度目を伏せてこそっと涙をぬぐった。
自分も笑って別れようと思い直す。


「ん?」

「…∵Π◇Э. ヌラリハン」

「…おう、どういたしまして」


差し出された手を握り返して、鯉伴は頷いた。
醸し出された雰囲気で、初めて会った時に伝わらなかった「ありがとう」が伝わった。


「今度来る時は言葉覚えて来いよ?」

「…◇×○Э∵」

「えーと、ま、達者でな!」


黒い布の上から頭を撫でてやると、泣きそうな顔で笑った。
ボォォォと船が煙を吐き出し始める。

そろそろ行かねばならないだろう。


「…………」


わずか10日あまり。
本当に時間がたつのは早かった。

見るもの全てが新鮮で、会う者全てが優しかった。

嬉しい、寂しい。


「……ヌラリハン」

「ん?」


じっと見つめてくる魎の透き通った緑色の瞳。
この綺麗な瞳に世界がどの様に写っているのだろうか、と鯉伴は魎を見るたびに感じていた。



「Take care about … a fox!」

「…おう、またな!」



頷く鯉伴を見て満足したように、再度魎は全員に向かって深く頭を下げた。

船が動き始めようとしている。
小走りで駆け寄って、思い切り地面を蹴って飛び乗った。


「達者でなー!」

「また来いよー!」


奴良組も魎も大きく手を振りながら、互いが見えなくなるまで見つめ合った。

水平線の彼方に船が消える。
誰かが残念そうに息を漏らした。


「あっという間だったな」

「今日から魎、いないんだなー」


別れとはそういうものだ、とそれぞれ気持ちを整理して屋敷に戻る。

今だ海を見つめている鯉伴の腕を、山吹乙女が優しく取った。


「不思議な方で、不思議な日々でしたね」

「そうだなぁ…」

「魎さんって一体何の妖怪なんでしょうね?」

「何度も聞いたがさっぱりわからん。言葉ってぇのは大事なんだって思い知らされたぜ」


遠くからぬらりひょんが「おーい!早く帰るぞ」と叫ぶ。
惜しむように潮風を受けて、鯉伴は海に背を向けた。

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