帰りたいけど一緒にいたい!



魎は気づくといつもふらりと海に行く。
帰りたいのだろうと、本家の妖怪達も心配そうに呟いていた。


あの後、本家に戻った鯉伴は開口一番に「海で南蛮の妖怪見つけたから持って帰ったぞー」と魎を全員に紹介した。
屋敷が吹き飛ぶんじゃないかというほどの叫び声があがったが、一晩たてば妖怪通しいつの間にか打ち解けている。

というのも言葉が通じないから、どいつもこいつも適当に話しかけて興味深げに観察していた。
そんな態度を屁とも感じず、魎は屋敷にあるもの全てに目を輝かせて「ゥワッツ!?」と声を上げる。
魎のことを"ワッツ"と呼ぶ奴も増えていた。


「おい鯉伴。ちゃんと魎の面倒見てやってんのかい?寂しそうじゃねぇか」

「親父……でもよ、面倒見るつったって言葉が通じないんだからどうしようもねぇ」

「お前が持ってきたんじゃ。最後まで世話するのが保護者の責任ってもんよ」


何だかんだで皆が受け入れた。
美人は三日で飽きるというが、何度見ても飽きないし慣れないからだろう。
姿も行動も面白い。

だが1週間ほどたって、魎は1人で出歩くようになった。

最初は組員総出で探して、海辺の松の枝に腰掛ける魎を見つけて言葉をなくした。
海の向こうの、故郷を思っていることなどすぐにわかる。
それほど切ない顔をしていた。


「保護者って言われてもなぁ…ああ、でも明後日にはあの異国船が出発するみてぇだし、アイツも帰るかもな」

「何!?なんで早く言わねぇ!!…おい牛鬼!酒の準備じゃ、今日は魎の送別会を開くぞ!」

「御意。…狒々。お前も付き合え」

「ったりめぇよ、今日も飲むぞー!」


毎日宴会だというのに、名前が違うだけでこうも雰囲気が変わるとは知らなかった。
酒と肴を買いに行く古参幹部を見送り、屋敷内も騒然とする。

別れの品を画策する声がちらほらと上がっていた。
江戸の思い出を持って帰ってもらうために、小間物屋へ走る輩もいた。


「ずっとここにいたって構わねぇんだけどねぇ」


とりあえず迎えに行こうと、海に向かった鯉伴はお馴染みになった松の枝に目を向ける。
黒い塊が幹に背を預けて海を眺めていた。

その憂い顔を見て、帰るのだろうと納得する。

嘘のような10日あまり。
あっという間に過ぎて行った。


「魎ー!屋敷に戻るぞー!」

「…ヌラリハン?」

「おう」


鯉伴の姿をとらえて枝から降りる。
それを見て小さく頷き、鯉伴は先を歩いた。
時折後ろを振り返って、ついてきていることを確認した。


不思議な国、と改めて感じた。
緑色の瞳に写る江戸は、どこを見ても面白い。

今度来る時があれば言葉を覚えてからだと魎は硬く決意をする。

妖怪といえど時間は平等で、あっという間に過ぎてしまう。
故郷を思う時と同じように、寂しそうな目で魎は鯉伴の背中を見つめた。

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