あなたにあいたい



「猩影、力み過ぎ」


パーンと良い音をさせて竹刀を懐に叩き込むと猩影は頭から地に伏せる。
久しぶりにこんなに動いた、と魎は手ぬぐいで汗を拭き取りながら笑った。


「くっそ……体格差じゃ負けてねぇのに…!」

「妖怪としての経験の差だな。だいじょーぶ、お前強くなるよ」

「……親父以上に?」

「それは猩影次第」


あばら家を潰して数百年ぶりに屋敷に戻った魎は古株の女妖怪たちを中心にてきぱきと指示を出して仕事をさせた。
悲しむ時間を削らせると、時間の流れが全てを思い出として皆を笑顔にしてくれるようになった。


「…あんた、笑うと幼いよな」

「…お前最初に会った時は敬語だったよな?」

「良いだろ別に。あんま気にするタマじゃ無さそうだし」

「その通りだけどなんか腹立つな。そして本当に変なところで狒狒に似てるな」


猩影に重ねているわけではないが、それでもよく思う。
親子を実感すると、ますます猩影に色んなことを教えたくなる。


「…俺は親父じゃねぇよ」

「わぁってるよ。何怒ってんだよ、そこは喜んどけ」


赤ん坊の頃から見ていれば、きっと子供だと否応なしに思わせられるのだろう。
成長した姿で現れたため、普段はやはり似ていない。

だがふとした瞬間に、愛おしい気持ちで一杯になる。


「魎」

「んー?」

「これからは親父の代わりに俺が守ってやるから早く俺を強くしろよ」

「……なんかおかしくねぇか?」

「全然おかしくねぇよ。ほら、もっかい稽古つけてくれ」


はぁ、と溜息をつくふりをして緩んだ顔を隠す。
やっぱり親子だ。
我が侭で子供っぽいが、なぜか安心する。


「なぁ魎、俺の事は忘れんなよ?」

「……俺に一本でも打ち込めたら約束してやる」


唾競り合いの際に交わされた約束に、またもや既視感。
パーン、と良い音が山に響いた。


「……あの会話の後なんだから手加減しろよな…」


地面で大の字に寝転ぶ猩影に手ぬぐいをかけてやりながら、魎は笑った。


「早く強くなりてぇんだろ?」


また同じように記憶を失くしても、時間が止まっても、この親子のことは忘れない。
確信はないが、自信があった。


「さっさと親父を超えてみろ。じゃねぇと忘れちまうぞ?唐突に」

「くっそー!!」

「じゃあ竹刀片付けといてな。畑行ってくる」

「今に超えてやるって親父に伝えといてくれ!」

「はいはい」


あばら家は無くなったが、畑はもう一度作り直した。
屋敷の近く、狒狒の墓のすぐ傍にある魎の畑には数々の野菜と大豆が青々と茂っていた。


「今日の献立は何にしよっかなー」


あれとこれと……、指折り数えながら魎は狒狒の墓を見つめ、泣くのを堪えるように強く目を瞑る。

口元には無理やり作った笑みが浮かんでいた。

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