約束だよ、神様



今日は非番だと言うから、魎を誘って川辺で寝転んでいた。
団子屋の主人が持たせてくれた弁当と女将が持たせてくれた団子を持って、幸せな昼間だった。


「鯉さん、これから先…この江戸は続くと思うかい?」

「そうさなぁ…」


空を見ながら考える。
何てことはない、人が夢見る未来の話。
人間の魎は見ることが出来ない、来るべき現実の話だった。


「将軍様がいる限りは続くだろうなぁ」

「そうだね、徳川家が滅びれば無くなってしまうんだろうね」

「ああ、だがそういう事をあんまデカイ声で言うなよ?誰が聞いてるかわかんねぇんだから」


ちょっとした事で謀反扱いになる場合もある。
現にこれまで続いてきた歴史の中で、そういう将軍がいたことは確かだった。


「うん、鯉さん。知っているかい?未来ってのは凄いんだよ」

「…?瓦版にでも書いてあったのかい?」

「鉄の塊に人が入って、それがとても硬い地面を凄い速さで走るんだ」


声が、昔に戻っていた。
体を起こして魎を見ると、目は空虚のままただ雲を眺めている。


「お侍さんなんかいなくてさ、着物を着る人も少なくなってて…建物は縦に伸びてお城ぐらいの高さの家がざらにある」

「まるで見てきたような口ぶりだな?」

「見てきたんだって言ったら、信じるかい?」


信じられるわけがない。

嘘をつくならもっとマシについたほうが良い。
事実を言うならもっと真面目に語るべきだ。


「ンな腐った目した奴の言うことが本当なわけねぇな」

「あはは!なんだよ、ちょっとぐらい信じてくれてもいいのにさ」


ゴロンと魎は寝返りを打った。
顔が見えなくなり、艶のある髪が地に流れた。


「鯉さん」

「なんだ?」

「徳川は、15代目で無くなるよ」

「へぇ?」

「その後たーくさん色んなことが起きて、たーくさん人が死んで、今俺が言ったような時代が来るんだ」


声は今だに死んでいる。
こんな予言はどっかの怪しい学者も言っているようなことだから、大して驚かない。
魎の気が触れているのは、最初にこの川辺で出会った時からわかっていた。
だから魎がこんなことを言い出しても驚かない。


「お前、良い易者になれるぞ」

「あーあ、まだ信じてない」

「信じられるかよ、それに徳川の15代つったら…どれぐらい先の話だ?お前さんはその頃にゃ死んでるだろう」

「そうだね。時代が変わる瞬間を見たいけれど、見れないんだろうなぁ」


心底そう望んでいるようだった。
きっと自分なら見れるだろう。
その瞬間も、その後の時代も。
魎が言うような時代が来るのかどうかもわかるのだろう。


「なら俺が見て来てやろう」

「…人魚の肉でも食う気かい?」


そう言ってもう一度寝返りを打って魎はこちらを向いた。
ようやく目に光が戻っている。
呆れたような顔で魎は返事を覗っていた。


「お前だって俺を信じてねぇじゃねぇか」

「なんとまぁ…こりゃ一本取られたな」


クスクス笑って、重箱の中にある団子を頬張る魎は年相応に見える。
はっきりした年齢は本人も知らないらしいが、見たところ17、8だろうか。
これから楽しい人生を送るべきなのに、後ろ向きなことばかり考えるから顔が死んでいくのだ。


「それじゃあ、俺は鯉さんを信じるから鯉さんは俺を信じてよ」

「おう、良いぜ?でも俺が見た後どうやって伝えようか…魎の墓に行けばいいかな」


元服したとしてもまだまだ子供。
遊びに付き合う感覚で、約束の終え方を考える。


「うーん…じゃあそうしよう。俺の墓の前で教えてくれよ。未来がどんなで、俺の言ったことが本当だったかどうかを」

「承知した。約束は違えねぇから待ってろよ?」

「うん、楽しみにしてる!」


穏やかな会話。
穏やかな時間。
穏やかな平和。

魎は団子を噛みながら、遠い昔の未来のことを懐かしんだ。

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