平々凡々な毎日(其のニ) 鯉伴の時も思ったが、子供というのは成長が早い。 日に日に大きくなる息子の様子を見ながら狒狒はあいつにも見せてやりたいと心から思った。 「親父、きょうも仕事?遊んでよー」 「おー。すぐ終わるから待っておけ」 書く内容は変わらない。 昔の出来事をつらつら並べるだけで良い。 新しい事実など必要ないのだ。 魎は今も、江戸時代を生きているのだから。 「それ、親父の友達に書いてるんでしょ?メールつかえばいいのに」 「あんなカラクリは扱えん。それに…あいつの住んでおる所には電波は届かんじゃろうしの」 「どこに住んでるの?」 「ここよりずっと山奥じゃ。ほれあそこにでっかい木が見えるじゃろ」 窓を指差すと、遠くの山にかすかに見える木の頭。 確かに電波どころか人との交流も無さそうだ。 「……その友達って…仙人なの?」 「ぶはっ…ひゃっひゃっひゃ!」 妖怪のことなど教えずに育てたため、人として生きている猩影には父親の友達がなぜあんな辺鄙なところに住んでいるのか理解出来ない。 食べるものはあるのだろうか。 寂しくないのだろうか。 「自然に囲まれておるのに、自然に逆らった暮らしをしておるからなぁ…仙人ではないじゃろう」 「ふぅん…?よくわかんないや……」 あんなところで、自然に逆らうとはどういうことだろうか。 考えたって想像もつかない。 考えることを止めた子供は手持ち無沙汰に余った紙にクレヨンで落書きを始める。 父と母、その間に自分を書くと背景に山を加えた。 猩影は少し考えた後に狒狒の隣にぼさぼさの白い髪と白い髭をたくわえた老人を描く。 猩影の想像の中の魎があまりにも違いすぎて、盗み見た狒狒は再び笑い始めた。 本当に子供というのは面白い。 魎も最初は子供らしかったのにと、今はもう見ることの無くなった魎の酒を飲む姿を思い出して目を細める。 「……のう、猩影」 「なにー?」 「わしにもしものことがあって、文も書けなくなった時にはお前が届けてやってくれんか?」 「べつにいいけど、そのとき手紙ってどうするの?俺がかくの?」 「そうじゃなぁ…これから書くとしようかのー。ずっと同じ内容ばかり書き続けて飽き飽きしておったところじゃし……」 「ええ!?きょうはダメだよ、やくそくしたじゃん!」 「ああ、そう言えばそうじゃったな」 「もー!」 そんなある日の、他愛も無い親子の会話だった。 [*前] | [次#] 【戻る】 |