時間は痛みを消すか、それとも



ぐしゃぐしゃにした紙があたりに散らかっていた。
ようやく書き上げた時、すっと出された湯飲みに思わず魎の名を呼びそうになる。


「っ…くく、すまんな」

「いえ……どうかしましたか?」

「いや、何でもねぇよ」


自嘲するように笑った。
もう魎はいないのだと気づかされて、それは自分の所業だと思い知る。


「お疲れでしょう?少し休まれては……?」

「いらねぇよ、酒くれ酒ー」

「ふふ、わかりました。今すぐお持ちします」


気落ちしているのは丸分かり。
それでも相変わらず酒を欲しがる様子に魎の世話を手伝った女妖怪は安堵したように笑った。

手紙は独りにしてしまったことへの罪滅ぼし。
せめて寂しくないよう暇を潰せるように。


「瓶ごとお持ちしましたが……」

「おー!わかってんじゃねぇか」

「…いつも狒狒様の食事の支度は魎様がしていたので、私達女妖怪は見て覚えております」

「…そっか。悪ぃな」


気を遣わせた、と狒狒が猪口に手をかけると女はやんわりと首を横に振る。
重い瓶を抱えて不慣れな手つきで酒を注いだ。


「明日から…私が朝餉を準備いたしますね。何か必要なものがあればおっしゃってください」

「そうじゃなぁ……味噌汁だけは毎日作ってくれ。あれを飲まんと始まらんのじゃ」

「ええ、かしこまりました」



狒狒にとって新たな世話係りは新鮮なものだった。
今までと違う日常の中で魎を懐かしむことはあれど、狒狒には時間が流れている。


忘れたわけではない。
そうでなければ手紙など書けない。


だが、今の狒狒にとって女は癒しと刺激を与えてくれた。

だからこそ甲斐甲斐しく世話をする女と狒狒との間に子供が生まれたことは当然の結果なのだ。

ただあの日から数百年の時が流れた今も、魎は狒狒の子供の名前さえ知ることなく、狒狒の帰りを待ち続けていた。

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