崩れ始める関係性



体には異常は見られない、ということだった。
おかしくなったのは記憶だけで、理由はわからないが総会のあったあの日から魎の時間は止まってしまった。

ただ、総会前日やそれ以前のことは覚えていない。


「わしと出会った日のことを覚えておるか?」

「んな昔のことなんざ覚えてねぇよ、ガキだったし……」

「嘘つけ。覚えとるはずじゃ、そして今もガキじゃ」

「……俺の恥ずかしい思い出を引っ張り出して楽しいか?なぁ、楽しいのかコラ」

「顔中の穴から汁垂れ流して泣いておったのー…あの時のお前は可愛かったのになぁ」

「それ以上言うとテメェの隠してる酒瓶ぜんぶ叩き割るぞ」

「……すまんかった」


こんな昔のことは覚えているというのに。




元々魎は山から滅多に下りない。
日がな一日狒狒と屋敷で過ごしているか、木の上で昼寝をしている。
関東大猿会の者たちと交流が無いわけではないが、狒狒に似て自由な奴らが多いためか魎が誰かと話しているところは滅多に見かけない。

そのおかげで、魎の記憶について知るのは狒狒とぬらりひょん、それと魎を診た鴆の三人だけだった。


「で?どうするんじゃ、このままじゃいかんのはわかっとるじゃろうが」


この日も早めに魎を寝かせた後、狒狒は本家を訪れて。
事情を知るぬらりひょんは毎日のようにやって来る狒狒を咎めることなど出来ない。


「……どうもせん。そのうち戻るじゃろ」

「そのうちって、お前なぁ……」


狒狒は今まで以上に魎を外に出さないようにした。
何とか言葉を駆使して言いくるめ、屋敷内に閉じ込めた。

混乱させて猩猩が更に悪化するのが嫌だった。


「総会の日、何かしたんじゃねぇか?」

「そんなもん、してたらとっくに謝っとるわ」

「お前魎には弱いもんな」

「…弟みたいなもんじゃ。付き合いで言えば総大将より長ぇしな……」


山一番の巨木の下でみゃーみゃー泣いていた鼻垂れ小僧。
白装束を着ていたから、きっとどこぞの村で食い扶持減らしのために殺されたか雨乞いのために生贄にされたか……まぁそんなところだろう。

ちょうど暴れることにも飽きていて暇だったから世話を焼いたら懐いて居ついた。

どこに行くにも後ろを引っ付いてくるわ、足が痛いとかで泣き喚くわ、腹が減ったとかで泣き喚くわ、そりゃあ大変だった。


その分、面白かった。


「……はあー……」

「楽観してるかと思えば随分落ち込んでるじゃねぇか」

「総大将だって珱姫がああなればこうなるだろーよ…」

「……まぁ、な…」

「特に問題はねぇのが逆にやり辛ぇんだよな…」


魎にとってはただ毎日が総会の日というだけで、他の点では何の支障もない。
だからこそ放っておいても問題ないが、「今日は総会じゃない」と教えると混乱して初日のように永遠と悩み始める。

あれが始まったら、本当に悪化するんじゃないかと思ってしまう。

だから考えさせない。
何も無かったかのように、"総会の日"を続けていた。


「元に戻ると良いが……悪化しねぇように気をつけろよ」

「どう気をつけたもんか……それすらわかんねぇ…」

「……とりあえず、魎に会う時はンな湿気たツラすんじゃねぇよ。お前が心配かけてどうするよ」

「……そうじゃなぁ…」

「なるべく早く治してやれ。毎晩お前の酒の相手をするのは流石のワシだってきついもんがある」

「単に珱姫と夜を過ごしたいだけじゃろ、大将……」

「なんじゃ、バレたか」


治せるものならとっくにしている。
何をしたら良いのかもわからねぇ今は、見守ることしかできないのだ。


ただ朝日が昇るたびに戻っているのではないかと期待しながら屋敷に戻ることに嫌気がさしていた事は自分だけの秘密だった。

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