毎日の裏側のちょっとした工作



「なんでぇ、また書いてんのかい」

「わしの唯一の仕事みてぇなもんじゃ、放っとけ」


慣れた様子で筆を走らせる狒狒にぬらりひょんは感心した様子を見せた。
最初の頃はミミズの這った後のような字だったというのに、人に限らず妖怪も何かを続ければ成長するものだ。


「駅前に新しい店が出来たようでな、終わったらカフェーでもせんか?」

「いいぞ、あと少しで終わる」


ぬらりひょんの誘いに快く応じて、頭を動かすよりも先に手が動く。
頭を悩ませながら筆を持て余していた時が懐かしい。

時代は変わった。
科学が発達して、今では遠く離れた相手にも声を届けることができるというのに狒狒は相も変わらず和紙と墨を使う。


「魎はまだ戻らんのか」

「戻ったら慌てて本家に来るじゃろうて。来ないってこたぁ今もあのままじゃ」

「……会いてぇとは思わねぇのかい?」

「……会いてぇよ。でも会いたくねぇ」

「お前が尻ごみするなんざ珍しいこともあるもんじゃなぁ」


最後の締めを書ききると、狒狒は筆を置いて体を伸ばした。
同じ言葉、同じ内容。

あと何回書けば、終わりがやって来るのだろうか。


「びびりもするだろうよ。実際、今だってびびってんだ」


手紙はちゃんと読まれているだろうか。
読んだ後に、ちゃんと燃やしてくれているだろうか。



「わしのことさえ、忘れちまってんじゃねぇかってな」



差出人の名を見て、首を傾げていないだろうか。

面を外している今、狒狒の表情はよく見える。
その視線は、昔を懐かしむように空に向けられていた。


「……似合わねぇ顔してんじゃねぇ。ほれ行くぞ」

「ひゃひゃひゃ。心配してくれてんのか大将ー」

「コーヒーの代金、お前が出せよ」

「んなっ!?食い逃げすれば良いじゃろうが…!」

「仕方あるめぇよ。リクオがうるさいんじゃ」

「……天下の大妖怪も孫にゃ甘いのう…」


大きな溜息をついて狒狒はやれやれと呟きながら立ち上がった。

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