男に生まれたからには



日も暮れて闇が訪れた。
明朝など待っている暇は無い。

魎を家に帰らせ、ぬらりひょんは湖へと向かう。
あの時は一歩も動けなかったそこに容易に近づけた。
己の成長に軽い高揚感を覚える。


「よう、また来たぜ」


既に気づいているだろうに、静寂を保つ湖面に声を投げ入れるとぐらりと水面の自分が歪んだ。

あの時と同じように波風立てずに水神が現れる。
違うのはただならぬ様子で足元まで姿を見せたという点。


「…随分と驕っているように見えるのう」

「はっ!驕れるだけのモンは持ってるつもりだがな」


ぬらりひょんが数十年の時を経て、再びこの地に何をしに来たかぐらいすぐに察した。
本気か?と水神が目を細めた瞬間に切っ先が迫る。


「っ…!」

「ほう…、避けたか」


寸でのところで刀を抜いた。
刀身がぶつかりキンと甲高い悲鳴を上げる。

飛び掛った体勢のまま追撃をしようと、ぬらりひょんは素早く体を捻った。


「ワシのシマで、覚悟は出来ておるんじゃなっ!?」

「当たり前じゃろう」


振り降ろしたが交わされ、バランスを崩すもぬらりひょんは笑う。


「――今日からここはワシのシマじゃ」


不敵な笑みに、水神が畏れる。
あの時とは比べ物にならないほどの自信と実力が垣間見えた。


「っくく…」

「!?」


す、とぬらりひょんの姿が消えた。
自分が畏れてしまったと気づくも、時すでに遅し。
相手の術中にまんまとかかってしまった。


「……舐めるな若造…っ」


水中に潜り、中から湖面を覗う。
透き通っていた湖が瞬時に闇色へと変わった。


「なるほど、大蛇か。ありきたりじゃなぁ」


闇の正体は影。
ちらちらと気味の悪い赤い舌で様子を覗っている。

湖面は一度静まり、突如水柱を上げた。
細く鋭い水の矢が噴き荒れる。

湖の上空で距離を取っていたにも関わらず、水は高く立ち昇ってきた。
姿が見えないならば、見る必要が無いほどに広範囲で攻撃すれば良い。
水中にいれば湖面上で姿を現すのを待つに決まっているのだ。

そしてその目論見は正解で、一筋の血飛沫が上空に見えた。


捕えた、と水神が笑う。


「う、お…っ!?」


姿を見せたぬらりひょんを一気に仕留めるように、大蛇が牙を向けた。
すでに足元まで迫っているにも関わらず、ぬらりひょんはやはり不敵に笑う。

畏れるわけが無い。


「ワシも強くなったのう…」

「ぐっ!?」


自分を捕えて開いた口が閉じかけた瞬間に刀を舌に突き刺した。
湖から上空へ伸びた蛇の体を駆け上がるように炎が走る。


「明鏡止水 桜」


そう言うと熱さから逃げるように湖へ逃げ帰っていく。
水で火を消そうとしても、火力は強く湖から徐々に煙が昇った。


「…ワシが負けるわけあるめぇよ。なんたって…」


刀を引き抜き血飛沫を浴びながらストンと軽い足音を立てて、ぬらりひょんは湖だったものの淵に立つ。
炎を纏った蛇が真っ赤な瞳で憎たらしげに睨んでいた。


「お、のれ…っ!」

「――…魑魅魍魎の主になる男じゃからな」


柄を握り直して刃を向ける。

少しは感謝していた。
生まれて初めて、闘わずに敗北を知った相手だ。

だからこそ、倒さねばならない。


「魎の命は、もう渡さん」


鈍い音を立てて蛇の頭が池の底に落ちる。
ぽっかりと空いたその地に、ぽつりぽつりと雨が注がれた。


「"魔を慕ひ"…か」


呟いたぬらりひょんは雨に打たれながら小さく笑う。
水の底には柚子など無い。
それなのに、空から落ちてくる水の匂いと同時に爽やかな香りが仄かに広がった気がした。

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