出会いは運命か否か



額から首から汗が滴る。
日暮れ時だというのに、からりとした暑さにじっとりとした気分になる。


「…懐かしいのう」


初めて出会った場所で、ぬらりひょんは静かに腰を降ろした。
あの時と違うのは、腹は空いておらず魎はいない。

どこにもいない。

数十年の時がたった。
きっと魎は小さな欠片すら残さず消えたことだろう。


「情けねぇ記憶だけ残しやがって…」


若く弱かった自分を自嘲して、ふとぬらりひょんは草むらに目を向ける。
人の気配がした。


「魎……?」


現れたのは元服を過ぎたばかりの男児。
懐かしい顔で、ずっと心の片隅でひっかかっていた存在。

少年は目を丸くした後、おずおずと口を開いた。


「……何故、私の名を知っているのですか?」


ガンと頭を殴られた気分になる。
だがそれもすぐに変わった。
当然だろうと、思わず笑ってしまう。


「昔、お前さんに良く似た坊主と出会ったからのう。そりゃそうだ、生きてるわけねぇよな…」

「…?よく、わかりません…」


警戒するように草むらから出てこない魎はじっとぬらりひょんを見定める。
風貌や身なりから、旅人かと思ったがそれでは今の言葉が気になる。


「……貴方は物の怪ですか?」

「…いかにも。ぬらりひょんと人は呼ぶ」

「ぬらりひょん…?」


同じ会話が今と昔を重ねてしまう。
ここにいる魎は魎では無いのに、不思議な心地に浸っていた。

きっと次は名を馬鹿にされるのだろう。

今は空から落とせないから、何をしてやろうかとのんびり構えた。


だが、魎の口から発せられた言葉は違った。


「貴方がぬらりひょん…?」

「何……?」

「ご先祖様…私の前の魎が残した扇子に貴方の名が書かれてありました…」


そう言って魎は慌てて草むらから出てきた。
帯から扇子を引き抜き開いてみせると、真っ白な扇子の端に控えめに描かれた柚子の絵。
その絵の裏側に細く流れるような字が小さく連なっていた。
ぬらりひょん殿と書かれた脇に書かれた句に目を疑った。

魔を慕ひ 水の底にて 柚子匂ふ


「…っ」

「どういう意味かずっとわからぬまま、持っておりました…」


でもようやくわかった、と魎は苦笑した。
その顔も声も仕草も同じで、くらりと眩暈がしそうになる。

同時に、強い怒りが沸いた。
死ねば同じ形代を用意して、命を無碍にさせている敵を心底憎いというように拳を握った。


「…魎、入水はいつだ?」

「…明朝です」


偶然は、必然。

きっと意味がある。

あの時とは違い、生きることに目的を得ていた。
それは非常に単純なもの。


「実に気に入らねぇ野郎だ…」


気に食わない奴を黙らせ、欲しいものを手に入れること。
それがぬらりひょんの存在理由に付け足されていた。


「ぬらりひょんさん?」


明快な答えが出ていた。
倒したい相手は湖の主で、欲しいものは魎の命。


「魎」

「…?」


そしてそれに必要な思いもある。


「生きてぇかい?」

「…っ」


魎の頬に残った涙の痕に気づかないわけが無かった。
あの時気づけなかった魎の迷いに、今度はしっかりと応じる。


「命が惜しいか?」

「…惜しめば、助けてくれますか?」


揺れる瞳にぬらりひょんは確信した。
今度は間違えていないと。


「…ああ。ワシはぬらりひょん。百鬼夜行を統べる者じゃ」


くしゃりと魎の顔が歪んだ。
涙腺が壊れたようにぼろぼろと涙を落として、それを隠すように手の甲で拭う。


「惜しい、です…っ」


村をわざわざ崩壊させたいわけではない。
だけど死ぬために生きることは、何よりも虚無な人生だった。

文句を言わずに死ぬことが当然だと思い込んでいた自分に、否をくれた。


「ならば助けよう。ぬらりくらりと生きておったワシに魎が生きる意味を教えてくれたからな。恩義には報いる」


ぬらりひょんがそう言って優しく魎の頭を撫でた。
段々と落ち着いてきた魎は涙をゆっくりと止めて、「妖怪にも義が通じるのですね」と嬉しそうに笑った。

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