短い人生で何を思うか



一晩、二晩、と夜を数えるのは初めてのことだった。
窓の外から村を見下ろし、野犬一匹も通らないあぜ道に溜息をつく。

からからの畑も田んぼも村人の心のようだ。
食べるものが無ければ心も飢えるのだということを知り、世の理を学ぶ。

小さな喧嘩や揉め事が日に日に増えていた。
苛立つ村人の仲裁に入る父の姿を見ながら、ぼんやりと自分の存在意義を問う。


「魎…まだ眠れないのか?」

「兄上…ええ、少し気が高ぶっていて。ですが、もう休みますよ」


明かりが漏れていたのか、心配そうに顔を覗かせた兄に苦笑を見せる。

長男である彼は弟の悩みも理解している。
そしてそれをどうにかする役目が自分にあるという事も承知していた。


「父上も気苦労の耐えないことだろうな」

「こうも日照りが続きますからね…」

「とうとう我が家の貯えにも底が見えてきたようだ…」


飢饉に苦しむ村々は珍しいことではない。
だからこそ上からの助けが来ることも望めない。


「…早く雨が振ると良いですね」

「…ああ。では私も休むよ。お前も休みなさい、明日は早いぞ」

「はい」


優しい兄のことだから、父と同じように心中穏やかでないはずだ。
それでも心配かけまいと気丈に振舞うその姿に魎は窓の外を見つめながら再度自分の役目を問う。

待ち望んだ声が聞こえたのは、そんな時だった。


「兄がいたのか」

「……ぬらりひょんさん?」

「なんじゃその顔は。遊びに来ると言っただろう?」


たった今部屋から出て行った兄と入れ替わるように入ってきたぬらりひょんに呆然とする。
その様を見てぬらりひょんは、してやったりと嬉しそうに笑った。


「…本当に物の怪なんですね」

「そうだとも。さて、こうして再会出来たわけじゃが…何をしようか?行きたい所はあるか?」

「行きたい所……」


そう言われてふと思いつくのは、先日彼と出会う前に赴いた場所。
静かで美しく、圧倒的な雰囲気を放っていた場所だ。


「……先日の山奥に湖が、あります」

「ほう?ならばそこへ行くか」


夜着の魎に羽織を着せてあの時と同じように抱え上げる。
ふわりと柚子の香りが鼻につき、それが魎からしているのだと気づく。


「なんじゃ、柚子湯に浸かったか?」

「匂いますか?」

「ああ、…ワシはあまり好きじゃ無いな」

「あはは、魔を除けますからね」


すみません、と小さく謝るものの、香りをまとっても触れることが出来ている事実に少し驚く。
もしかすると凄い物の怪なのかもしれない。
夜の村をゆったりと進みながら、間近にあるぬらりひょんの顔を見つめた。


「ぬらりひょんさんは強い物の怪なんですか?」

「さぁて、どうかのう?まぁ柚子の香り程度じゃ蚊に刺されたようなもんだ」


せっかく父が用意してくれた柚子湯も無駄に終わった。
だがあまりに簡単に打ち破られたためか、その清々しさに思わず噴出した。


「ふっ…あはははは!この飢饉で柚子を調達するのも大変だったと父が言っていましたのに!」

「おや、そうかい。悪いことをしたなぁ」


ぬらりひょんの腕の中で、魎が子供らしくけたけたと笑い出した。
無邪気な笑顔にぬらりひょんも連れ出して良かったと思う。


「おお、見てみろ。星が綺麗だぞ」


里山の入り口で足を止めて空を見上げると、眩い光を放つ数多の星が一面に広がっていた。
それはまるでこの妖怪のようだと魎は感じた。
妖怪の強さも、星の輝きも人には無い力。
自分がどれほど貧弱な存在であるかを思い知らされた気分だ。


「…ぬらりひょんさんは、何のために生きるのですか?」

「そうだなぁ…ぬらりくらりと生きるために生きておるなぁ」

「生きるため…?」

「理由なんて後からでも良いじゃろうが。寝て起きるを繰り返せばあっという間に時間はたつ。存在価値など考えなくても生きることは出来るからの」


命の長さが違うからか、生への考え方が違う。
人の寿命は短く、だからこそ生きるために目的が必要であるというのに。


「魎は何のために生きておる?」

「私は…」


脳裏に浮かぶのはここ数日で一気に痩せ細った父の姿と常に眉間に皺を寄せた兄の姿。
農具を持って大声を張り上げる村人に、泣き叫ぶ自分よりも年下の子供達。


「…領主の次男として、村を守るために生きております」

「そうか、良い心がけじゃな」


微笑む魎の顔の曇りの意味を、ぬらりひょんは気づけなかった。

[*前] | [次#]
【戻る】

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -