出会いは偶然か必然か



容赦なく照りつける太陽に降参したと言う様に、ぬらりひょんはドサリと腰を降ろす。


「…ああ…腹減った…」


力なく木にもたれかかりながら消えそうな声で呟いた。
別に死にそうなほど空腹と言うわけではなかったが、今まで小腹が空けば適当な家に侵入しては食い物を物色していたために、久しぶりに飯時になって普通の空腹状態になったというわけだ。


久しぶりの感覚は予想以上に激しく、虚空を訴える内蔵が叫びまわる。
日本各地をふらふらと歩き回り、気づいた時には山の中。
小さな村どころか民家も見えない鬱蒼とした木々に囲まれて、ぬらりひょんは意気を落とした。


しばらくその場から動かずに霞を食べると風の味。
妖怪の自分には仙人の気持ちなど到底わからない。
よけいに泣き出した胃袋をさすりながら、草むらに視線を移した。

ガサリ、と草を掻き分けて出てきた少年が目を丸くしている。


「――…大丈夫ですか?」

「おお、調度良い…坊主、なんか食いモンをくれねぇかい?腹が減ってもう歩けねぇんだ…」

「食べ物、ですか…」


こんな山に人がいるとは思いもしなかった少年は顎に手を当てた後、懐から竹の皮で包まれた弁当を取り出す。
開くと小ぶりのおにぎりが3つ。
そして申し訳程度の付けあわせが乗っていた。


「どうぞ」

「すまねぇな」

「旅のお方ですか?見慣れない顔ですが…」

「まぁ、そんなところじゃ」


上から下まで見回して、はてと少年は首を傾げた。
旅人にしては軽装備だ。
着の身着のままで流離うのであれば、目的は物乞いだろうか。


「坊主はどっかの村の子か?近くにあるのか?」

「少し歩くことになりますが…私の村には何もないですよ。最近の日照り続きで作物はみんなやられましたから」

「そういやこの辺はえらい天気が良いと思ってたが…てぇことはお前さん、良いとこの坊ちゃんかい?」


米粒を口の周りにつけたままニヤリと笑う様がやけに男らしくて似合っている。
「そんなところです」と同じ台詞で返して少年、魎は苦笑した。


「なるほど。着物も身なりも綺麗で、なにより弁当を持って山を散歩してるってことは土地持ちの子供に違いないからな」

「凄い推理です。旅の物書きさんでしたか…」

「いいや、…目的も無くぬらりくらりと旅をしておるだけさ」


魎に手渡された竹筒を傾けると鮮度の良い水が喉に流れる。
冷たい水は取ってきたばかりのようで、やけに澄んでいた。


「なんだって両家のご子息がこんな山ん中を歩いてたんだ?」

「ちょっと…村以外の場所を見たくなりまして…」


歩きなれた里山よりもずっと奥を分け入って、分け入って。
そこに何があるのか見てみたかったのだと魎は言う。
金持ちの道楽とはいえど、純粋な好奇心だった。


「ははぁ、それでこんなところに…。いかんな、お供も連れずに人の世から離れると天狗に攫われるかもしれねぇよ?」

「天狗…物の怪の類ですか」

「ああ。人為らざる者は人の暮らす場のすぐ近くにいるもんだ。いいかい?心優しい坊ちゃんよ、村以外を見てぇのなら闇を畏れぬ心を持ってから山に入ることだ。さもねぇとおっかねぇバケモンに食われちまうからな」


殊に元服したばかり程の子供ならちょちょいのちょいだ。
あまり脅かすのも悪い気がして、冗談のように言ってやるとやはり子供。
怯えたように背の高い木々を見渡して、何もいないことを確認していた。


「はははっ!よし、飯の礼だ。ワシが村の近くまで送っていってやろう」

「あ、ありがとうございます…!」

「どの辺だ?」

「この道をまっすぐ行って、一本杉を右に下るとあります」

「そうか、ならば…捕まっておれよ?」

「え」


ひょいと抱え上げると割と体重を感じないことに少し驚く。
そういえば日照り続きと言っていた。
握り飯も小さかったし、あまり物が食えていないのだろう。


「あああなた!?物の怪だったんですか!?」

「いかにも、ぬらりひょんと人は呼ぶのう」


超人的な跳躍で飛び上がった。
木々をまたいで、風を浴びる。
眼下には森、吸い込まれそうなほどの深い緑が海のように広がっていた。


「ぬらりひょん…」

「ああそうだ」

「…変な名前」

「おっと手が滑った」

「うわぁぁぁああ!?」


突如手を放したぬらりひょんは、一気に落下していった魎が木にぶつかる手前でもう一度抱え上げる。
血の気を無くした顔だったが、その双眸は怒りに燃えていた。


「何故落としたのですか!?」

「お前が悪いのであろう?」

「お前ではありませぬ!柊魎という名があります!」

「ほう、魎か。良い名だな」

「…そりゃあ父上が、うちを立派にしたご先祖様をあやかってつけてくださいましたから…」


怒っていた顔をふいと逸らして照れを隠す様は子供らしくて微笑ましい。
大人になろうとして今だなりきれていない魎に、思わず笑みがこぼれた。


「そうか。ならその父上が心配する前に帰らねばな」

「…ぬらりひょんさんは私を食べる物の怪ではないのですか?」

「まぁ人より美味いものなぞいくらでもあるからのう。それに腹を空かせたワシに魎が弁当をくれたのだから、恩義には報いねばなるまいよ」

「妖怪に義が通じるとは知りませんでした…」

「馬鹿者、妖怪こそ義に生きるもんだ」


世界が違うのだから理解できるわけがない。
意味がわからないと眉間に皺を作る魎を一度見て、ぬらりひょんは急ぎ足で一本杉を目指す。


「あれが村かい?」

「え?あ…はい、そうです」

「ならばあの一番大きな家が魎の家か?」

「そうです」


村の奥に構えているのは立派な屋敷だ。
きっと父親は大地主なのだろう。


「ふむ、ならば今度遊びに行ってやろう」

「え?む、無理ですよ!私の父も村の皆もいるのに…!」

「言ったろう?ワシはぬらりひょん。人に気づかれることなく浸入するなど造作ない」

「…はぁ…よくわかりませんが物の怪ですものね…」


人智を超えた力でもあるのだろう、と半ば無理やり魎は納得させる。
魎の返事を受けて笑うぬらりひょんの声が実に楽しそうで、少し楽しみになった。

久しぶりに笑った気がした。

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