通り過ぎる人々の振り返る視線を鬱陶しそうに彼女は髪を掻き上げました。 栗色の長い髪の毛がキラキラと沈みかける太陽の光によって輝きます。 彼女の名前は奴良リョウ。 関東最大の妖怪任侠一家、奴良組二代目総大将のご長女でございます。 「リョウちゃん、どっか寄って帰る?」 「そうねぇ…新しいバッグ欲しいなぁ。あ、これ可愛いー」 「ちょっと待ってて」 デパートのショーウィンドウに飾られている綺麗なカバンを見て足を止めました。 可愛いものが大好きな彼女ですので、キラキラと輝くピンクのカバンをお気に召したようです。 リョウの隣を歩いていた背の高い青年は爽やかな笑顔でお店の中に入っていき、何やら店員に話しかけています。 それをガラス越しに見ながらリョウは満足そうに微笑みました。 通り過ぎた4人組の男子高校生が頬を染めています。 リョウのためにカバンを購入する彼は、別にリョウの恋人だとか友人だとか、そういう類のものではありません。 少なくともリョウにとっては、ただの"隣を歩いて要望を聞いてカバンを買ってくれている人"それだけです。 ああ、いいえ。 間違えました。 彼は"隣を歩いて(以下略)…登下校中に護衛をしてくれる心優しい人間の男達の1人"でした。 極道の娘ですから、狙われることだってあります。 彼女に惚れ込んだしつこい男もいます。 そういう輩を寄せ付けないために、彼女はそれなりに見栄えのする人間を選んでおりました。 1人で歩くと危ないですから、そのためです。 「これ、プレゼント!」 「わあ、ありがとー」 「その笑顔が見れただけで俺も買ったかいがあるよ」 「嬉しい、明日から使うね」 「うん!」 きっと明日には違う男性が違うカバンを買うのでしょう。 そして彼女がこのカバンを使っているのを、彼は1日しか見ることが出来ない。 それでも良いのです。 彼女が笑ってくれれば良いのです。 リョウは物分りの良い男を、ちゃんと選んでおりました。 クール過ぎずしつこ過ぎず、馬鹿でも天才でもなく、優し過ぎず冷た過ぎず… 程よい男を従えました。 「甘いもの食べたいなぁ」 「お勧めの喫茶店があるから行かない?」 「良いわよ」 今日の下校のお共に選ばれたのは昨夜『明日の放課後、迎えに来てくれる?』というメールが来たからで、彼は興奮して寝付けず、おかげで一晩中今日を思い出深いものにすることが出来るお店やスポットを探すことが出来ました。 思い切ってメールアドレスを書いた紙を渡して良かった、と彼は心の底から安堵します。 リョウの視界に彼が入るたびに、彼は喜びで胸をいっぱいにします。 「こっちにあるんだ。えーっと…あ、ここだよ」 「可愛いお店ー。素敵!」 「この店、知らなかった?」 「うん、新しい発見出来ちゃった」 「あはは、良かったー。来たことあるって言われたらどうしようかと…」 リョウは自分勝手で自由奔放で、それでいて優しい性格でした。 彼女の実家は極道ですから、勿論おじいさんが家のものを護衛につけようとしておりました。 中学校の途中までは、彼女もそれを受け入れておりました。 ――明日から、護衛は要らないわ。 そう言った次の日から、人間の男の人が家の近くまで来るようになりました。 リョウは良い意味でも悪い意味でも感情に素直で怖いもの知らずで、それでいて思いやりのある子でした。 彼女には3つ年下の男の子がいます。 つまりは弟にあたり、ご長男にございます。 一家を背負って、後を継ぐ立場でございます。 幼い頃は両親の手を煩わせ、皆の視線を奪った弟に不満を持ちました。 だって彼女はワガママですから。 愛は沢山与えられて当然なのです。 成長するにつれて、弟が可愛く思えてきました。 だって彼女は家族が大好きですから。 自分なりに愛を返そうとしているのです。 「美味しい!」 「本当?良かったー…何でも頼んで良いからね!」 「やったぁ!すみませーん、このページのここからここまで持ってきてください」 自分よりも弟が一家に大事だと気づくのに時間はかかりませんでした。 それを知った時、なぜか怒りよりも納得する自分がいました。 長男なんだから、跡取りなんだから。 だから家族は弟を守るべきなのです。 自分は大丈夫。 だってこんなにも人間の男達がいるのですから。 「リョウちゃん、凄く幸せそうに食べるね」 「うん、幸せよ」 「嬉しいなぁ。その言葉が聞けて俺も幸せだ」 一家の妖怪達はそれぞれ仕事があり、いつも忙しそうです。 それなのに自分と弟2人の護衛をさせるのも可哀想だと、リョウは考えたのです。 幸せです。 弟が無事ですから。 家族が笑っていますから。 皆がいますから。 「この後カラオケでもどう?タダ券貰ってきたんだ」 「あ、行きたーい」 「了解!でもゆっくり食べて良いからね?」 「うん、ありがとう」 みんな優しくて、幸せです。 「このケーキ、家族にも食べさせてあげたいなぁ」 「すみませーん!ケーキの持ち帰りって出来ますか?」 「このコーヒーカップかわいーね」 「すみませーん!このマグカップって売り物でありますか?……あ、それならどこで売ってます?」 リョウは優しい子なのです。 ただ見目麗しく、人一倍に愛を注がれる身でありますから、 「ちょっと待っててね。同じやつ買ってくるから」 「うん、食べてるから行ってらっしゃい」 「すぐ戻るからね!」 誰よりも欲求に正直なだけでした。 しかたがありません。 だって極道の娘なんですもの。 妖怪の総大将、ぬらりひょんの孫ですもの。 「はぁ、お腹一杯…すみません、食べてないケーキも包んでください。あとコーヒーのおかわりください。あ、やっぱりカフェオレに変えてくださーい」 男の心を盗み取り、ただで欲しいものを手に入れ、思うが侭に行動する。 奴良リョウの悪行は今日も立派に行われておりました。 [*前] | [次#] |