本家屋敷の屋根の上で夜風に当たる。
「酒飲もーよー、月でも見てさぁ?」と人の部屋に勝手に入ってきてうだうだしていた魎があまりにも面倒で邪魔だったから、ワシも重い腰を上げた。


「よう親父、義叔父貴」

「なんだ、馬鹿息子か」

「ひでぇぞ親父」

「なんだ、天使か」

「2人で何飲んでんだ?」

「ひでぇよ鯉ちゃん」


なんだかんだで魎の隣に座る鯉伴は昔のままよく懐いている。
魎は気づいているのか、気づかないふりをしているのか。
鯉伴の頭を撫でながら嬉しそうに笑っているから、やはり気づいていないのかもしれない。


「乙女ちゃんは?」

「もう寝たよ」

「そうかそうか。夜更かしは美容の敵だからな」


日頃から鯉伴を山吹乙女に盗られたと暴れまわる割りに、こういう時だけは気遣う。
珱姫の時もそうだった。
散々ワシと珱姫の逢瀬を邪魔したかと思えば、意外にあっさりと身を引いた。
女泣かせのコイツだからこそ、女の気持ちもわかるというものだろうか。


「良いなぁ、ちくしょう。俺も鯉ちゃんと一緒の部屋で寝たい」

「だから嫁を貰えとあれほど…」

「バーロー。俺の勝手だろ」

「なんだってそんなに結婚を拒むんだよ、魎ならすぐにでも出来るだろ」

「…それ、お前が言うの?こんなに愛を叫んでも伝わってないの?鯉ちゃん…」


魎の愛はわかりやすいようでわかりにくい。
本気だと思えばすぐに冗談に変わる。
本当に性質が悪い。


「そりゃあ俺だって燃えるような恋をしたこともありますともさ」

「「え」」

「…っとに失礼な親子だな、特にそこのヒゲ。鯉ちゃんは俺の頭を撫でたら許す」

「よしよし」

「きゃあ!」


鯉伴に撫でられただけで気持ち悪い声を出して喜ぶ魎が、燃えるような恋?
ありえん、いくらなんでも想像が出来ん。


「いつの話じゃ?」

「さて、遠い昔の話だよ。アンタと出会うもっと前…」


小さな音を立てて盃を置いた魎は月を仰ぎ見た。
愛おしむような、悲しむような瞳にどこか腹が立つ。
静かに、魎は口を開いた。


死にかけていた俺を家に連れ帰って、親身に世話をしてくれたんだ。
特別美人ってわけでもなかったけど愛嬌があって可愛かったよ。
裕福でもないのに俺に毎日メシ食わしてくれて、話しかけてくれて…優しい女だったなぁ。
笑顔が一番可愛くって、歌も上手かった。
アイツの声聞いてるだけで、いつも気持ちよく眠れたんだ。

俺の名前もアイツがつけてくれてさ、俺もすっげぇ気に入った。
良い名前だろ?
呼ばれるたびに幸せな気分になって…これが恋って奴なんだなぁって知ったよ。

ただ俺は死にかけてたからね、声が出せなかった。
一度もアイツの名前を呼んでやれなかったんだよな。
本当にそれだけが心残り。

ある日俺がいつものようにアイツの歌で爆睡してたら、いつの間にかアイツが居なくなっててね。
買い物でも行ったのかなーって軽く思ってたんだよ。

でも一向に帰ってこない。

何かあったのかってすっげぇ不安になって、初めて人を心配して自分が死にそうになった。
そんぐらい胸が痛くて、苦しかった。
息も出来ないぐらいに、悔しかった。
俺の足、動かなかったんだよ。
立てないし、歩けない。
どこに行ったのか探すことも出来ない。
悔しくて悔しくて、泣く事しか出来なかった。

戻って来たのは三日後だった。
まぁ俺は妖怪だから、別に三日メシ食わなくたって平気なんだけどアイツがすっげぇ顔で戻って来てメシをくれた。
アイツ、ボロボロだったんだ。

毎日手入れしてた髪も肌もカサカサで、
水仕事でアカギレだらけの手も黒ずんでて、
片目は潰れてずっと涙が流れてた。
着物はズタズタ、足には殴られた痕と…ま、わかんだろ?
何されたのかすぐにわかって、それでも俺は「大丈夫?」の一言も言えない。

俺が心配してるのがわかったのか、教えてくれたよ。
借金が凄かったんだってさ。
それなのに俺の世話しようってんだから、どうしようもない馬鹿娘だよ。

よくある話。
父親が肩代わりに娘を売った。
ひでぇ金貸しだったみたいで、変な趣味もあったんだと。
笑いながらナニをされたか言うから、俺の怒りはどんどん溜まる一方。
三日も良いように弄ばれて、なんでゴロツキたちは娘を解放してくれたと思う?

「お別れを言いたい」
「最後に会いたい」
「最後に世話をさせてくれ」

そう言い続けてたんだって。
自分が酷い目に合わされてる中で、普通そんなこと考える?
俺だったらどうやって殺してやろうか考えるね。
なのにアイツは違った。

ああ、もうどうしようもないぐらいに好きだったよ。
ゴロツキじゃなくて、何も出来ない俺に一番腹が立った。
助けてやりたかったのに、助けてやれなかった。
俺が動けるようになった時には、投げ込み寺に動かなくなったアイツがいたよ。

情けないよなぁ。
人間の女一人口説けなかったんだ。
「好きだよ」って言えなかった。
本当に、自分が嫌になる。
あんなに好きだったのに、なぁ。


「だからいつも愛を叫んでいるんですよ、俺は」

「「…………」」


今、目の前にいるのが魎なのか理解できなかった。
同時に、これまで何百年と共にいたはずの義兄弟の過去を知らない自分に腹が立つ。
野暮なことは聞かない、この暗黙の了解が仇になった。


「…結婚しないのは、その女が理由か?」

「そういうわけじゃないよ、鯉ちゃん。…想われ続けるのがあんなに幸せだって知ったからね、俺は色んな人に想って貰いたいだけ」


魎がどうしてあれほど相手をしろと駄々をこねるのか、わかった。
子供が褒められたことが忘れられなくて次々に褒められないと気がすまないように、想われたことが忘れられないのだろう。

結局、魎の心の根底に…その女がいる。


「…魎、明日はワシと団子でも食いに行くか」

「え、マジで?珍しいなぁアンタが俺を誘うなんて」

「俺も行く」

「え、マジで?鯉ちゃん来るの?やべ、今日興奮して眠れない…!」


どうやっても敵わない。
名前を呼ぶだけで腹が立つ。
だけど、死人が現世を生きるワシらに勝てるわけもない。


「…親父、俺今度から魎にもう少し優しくしようと思う」

「ふん、いらん世話じゃなぁ。ワシが相手をするからガキはすっこんでろ」


そして、息子にも負けるはずがない。
どれだけ共にいたと思っている。
そしてこれから先も、共にいるのはワシだけだ。

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