今日も今日とて隠居生活。
昼過ぎに起きて遅い食事を取り、ふらりっとどこぞへと出かけて夕方に戻る。

白粉の香りを纏う時もあれば、酒の匂いをさせて夜まで一眠り。
目覚めて探すのは愛おしい義甥っ子。


「鯉ちゃぁぁん!遊ぼぉぉお!」

「山吹、これお前に似合うと思ってよ」

「ま、まぁ…綺麗な簪…」

「わあ、俺の存在完全否定」


ごろごろと床を転げまわっても2人は視線すら向けずに互いを見詰め合っている。
俺の手には昼間に買った妖銘酒。
せっかく総大将との賭け将棋に勝って得た金で手に入れたっていうのにあんまりだ。


「あんまりだー…」

「貸してみな、つけてやる」

「あ、ありがとうございます!」

「あんまりだよぉぉ…」


本当につれなくなった。
昔の可愛気よ戻って来い。
3秒待つから戻って来い。


「いーち、にーい、さーん」

「ほら、よく似合う」

「嬉しいです、あなた…」

「…もういい。遊びに行こう」

「どこ行くんだよ、義叔父貴」

「ああっ鯉ちゃん!俺の愛が届いたのかな!?」


ひしっと鯉ちゃんの背中にしがみ付いて頬ずりする。
やっぱり変わっていなかった!
鯉ちゃんは俺のことが大好きで、俺は鯉ちゃんが大好きなんだ!


「外出るなら煙草の葉買ってきてくれや」

「そうだろうと思った。ちくしょう覚えてろ。後で一緒に風呂入って貰うからな」

「俺ぁ山吹と入る」

「あ、あなた…!魎様の前でそんな…っ!」

「なんだよ、今更だろ?照れるなって」

「………………」


いちゃいちゃちゅっちゅしやがって。
俺が背中にいるにも関わらず、2人の世界に突入されたから流石の俺も退散しよう。
溜息交じりに庭先に出る。
もういい。
鯉ちゃんより可愛い子なんて五万といるんだからな!


「あ、魎だー」

「何してんの、俺達と遊ぼうぜ」

「よう、ちみっ子共。俺は今から愛のお使いに行って来るんだ、止めてくれるな」

「ていの良いパシリか」

「いい加減二代目離れしろよな」

「うるせぇ、藁燃やして豆腐潰すぞ」


そう言ってもこの小さな妖怪共は呆れた目で肩をすくめる。
何かムカつく、南蛮人かお前ら。
ていうか俺、納豆小僧や豆腐小僧よりも完全に目上の人間なのに完全に舐められてる。


「じゃあついでにツマミ買ってきて」

「よーし、帰ってきたら全力で遊んでやろう。日が昇るまでの鬼ごっこだ、良いな」

「お、それじゃあ他の奴らも呼んでくるか!皆で魎を捕まえるんだ」

「良いなソレ。じゃあ魎、早く帰って来いよー」


え、何で多人数対俺になってんの。
しかも俺が逃げるの?クソほど数がいる小妖怪達から?


「え、ちょっと待って」

「じゃあなー」

「約束だからなー」

「待って!ごめん!謝る!老体労わって!無理だから!体力無い!」


舐めた口きくからちょっとした悪態だったつもりなのに、いつの間にか俺が被害者。
ちみっ子共は俺の主張など聞かずにすたこらと屋敷へ入っていった。
何これ、いじめ?
俺、総大将の義弟だよ?


「――…ふざけ倒せよ!どいつもこいつもよー!!」

「…………」


大体、盃交わしたっていうのに総大将も俺に構ってくれない。
鯉ちゃんも大人の階段登っちゃったし、昔からいる妖怪には舐められる。
牛鬼は会うたびに説教だし、木魚達磨はつまらん奴だし、一ツ目は幼女趣味だから問題外、危険すぎる、全ての男の敵。

皆つれない。


「俺を誰だと思ってんだっつーの!奴良組古参幹部の魎様だぞ!バーロー!もうちょっと可愛がってくれたって良いじゃんかー!」

「…………」


烏は今だに現役で口うるさいし、狒々は最近山から降りてこないし、雪麗姐さんは体温と同じように態度も冷たい。
大人しくしとけば三味線弾いてくれるけど、そんなのつまんない。


「最近本家勤めになった奴らは何か距離置いてるしさー?俺が何したって話だよ。そう思わねぇ?」

「……だからといって毎日来んでも良かろう」

「だって俺の話をちゃんと聞いてくれるのってお前だけだもん。黒田坊」


ぐいと猪口をあおって、感情のままにドンと置く。
ああ、もう妖銘酒も半分になっちまった。
せっかく鯉ちゃんと月見でもしながら味わおうと思ってたのに、ちくしょう。


「黒田坊も本家に来いよー。お前がいれば俺まだ頑張れる気がする」

「馴れ合うために鯉伴と盃を交わしたわけではない」

「知ってらぁ。だけど俺のために来いっつってんの。傍にいろよ、そして俺をかまえ」


一世一代の大告白。
なのにコイツったら溜息つきやがった。


「…魎は本当に頭が悪い男だな」

「様つけろ、様」

「つけるに値しないのだから必要が無いだろう」


コイツもつれない。
本当に妖怪って奴ぁ心が狭いというか優しくない。


「ちぇ…もういいやい!明日も来るからな!」

「いらん」

「妖気たどればお前がどこにいるかなんてすぐにわかんだよ、残念だったな」


残り三分の一になった妖銘酒は猪口と一緒に置いておく。
黒田坊が飲んでも良いし、明日俺が飲んでも良い。
毎日毎日通うなんて、俺って健気な男ですこと。


「…なぜ拙僧にかまう?」

「ああ?お前がかまってくれるから俺がかまうんだよ」

「拙僧はかまってなどおらん…!」


腕を掴まれて、ようやく視線が交差した。
こうして見ると、本当に良い面してるよな。
俺の方が良い男だけど。


「俺が来ても、お前逃げないじゃん。目ぇ見て会話して、それでかまってないって言えんの?」

「な……っ!?」


顔を覗き込むと、みるみる赤くなる。
面白い奴。


「俺、お前のこと好きだよ」

「ふざけたことを…!」

「…お前は俺のこと嫌い?」

「……………っ」


肯定の返事が来る前に掴まれた腕から逃げる。
傷つかないうちに退散するに限る。
いいよいいよ、わかってるもんね。
皆つれないんだからさ。


「じゃあな、また明日ー」


ただきっと、黒田坊は明日も逃げない。
ひっそりとどこかで座って江戸を眺めている。

きっと、俺を待っている。

なーんて、自惚れてみちゃったりしてね。
俺は、俺のことを気にしてくれる人が一番好きなだけ。




「――…チッ、叱られた子供のような顔しおって…」


夜の静かな江戸の町に、悔しそうな黒田坊の声が消えていった。

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