あいたたた。
足の裏も膝もクソ痛い。


「…それで?」

「ぼっこぼこ」



目の前の牛鬼は深い息をついた。
俺の顔は痣だらけ。
奥に座る総大将の顔も痣だらけ。


「魎、血の気が多いのなら引退宣言を取り消せ」

「ごめんなさい、もうしません」

「総大将もです」

「なんでワシが。鯉伴が2代目になったんじゃから今更…」


畳みに額をひっつけるようにして言うと華麗にスルーされた。
もうコイツまじムカつくんですけどー。


「魎」

「はいっすみませんムカつくとか思ってすみません」

「………あと2時間は正座しておけ」

「あああそんなご無体な…」


動こうにも膝の上の石板が邪魔をする。
痛いよ痛いよ。
総大将が奥で笑っている。
そのヒゲに火つけたろうか。


「若い衆に示しがつかないだろう」

「こんな事してたら逆に若モンは逃げてくぞ」

「お前が大人しくしていれば良いだけの話だ」

「バーロー、暴れるのは俺の専売特許だ」

「いい加減年相応の落ち着きをだな…」


ああ、本当にこの牛野郎は真面目で嫌になる。
つーか俺のほうが総大将と義兄弟ってことで立場上なのになんでこんな説教されてんの。


「牛鬼」

「なんだ」

「今日は節分だ」

「…………」

「この日のために俺は店という店から豆を買い占めた」


大変だったんだよ。
隣町まで豆を求めて走ったんだからな。
そのおかげで今俺の部屋は豆の袋で敷き詰められている。


「――…その心は?」

「お前にぶつけるためだ」

「牛頭丸、馬頭丸。もう一枚石板を足せ」

「「はい、牛鬼様」」

「あぎゃあああああ!鬼!鬼!!」

「鬼だ」

「あぎゃあああああ!!」


なぜか2枚足された。
ふざけんなよ、このクソガキ共が!


「ちくしょう!鬼は外!おにはーそとぉぉぉおお!!」


気分だけでも節分を楽しもうと叫ぶと、牛鬼はコクリと頷いた。


「わかった、では山に帰るとしよう」

「あああごめんなさい!帰って良いけど帰る前に石板取って!!!」

「牛頭丸、馬頭丸。行くぞ」

「ごめんなさぁぁぁあいい!!!」


総大将の笑い声が心底ムカつく。
マジでヒゲに一本一本火ぃつけてやる。


「…何してんでい」

「ああ、鯉ちゃん!俺の天使!!」

「ちょっとした罰ですよ、二代目。どうぞお気になさらず」

「そうか。ならそうしよう」

「ちょっと待てよ!お願い鯉ちゃん、可愛い義叔父さんのためにこのクソ牛に立ち向かってくれ!」


牛鬼が指パッチンをすると、牛頭馬頭がどこからともなくもう一枚石板を持ってきた。
いや、ちょ、待ってよねぇねえ!


「あぎゃあああああ!こ、んのクソガキども!覚えとけよ!」

「ごめんなさい、魎様…僕はこういうのしたくないんだよ」

「っ馬頭ちゃん…いいんだよ、可愛いなぁもう」

「牛鬼さま、これに火をつければ尚良いんじゃないですか?」

「っざけんなよ牛頭丸!牛の字ぃ持つやつは皆性格破綻してんのか!?」

「それは良いな、牛頭丸よ」

「ごめんなさい、ホントにごめんなさい。心折れそうです」


50回くらいごめんなさいと言ったらようやく石板を取ってくれた。
泣きそう。もう折れた。俺の心折れた。


「親父、何で魎と五分の盃交わしたんだ?」

「面白い奴じゃろうが。見ていて飽きん」


遠のく意識の中で天使の声が聞こえた。
勿論、天使は鯉ちゃんで決してヒゲ大将じゃない。


「…義叔父貴、大丈夫か?」

「…鯉ちゃんが膝枕してくれたら逆立ちしたまま町4週出来そう」

「大丈夫だな」

「もうダメ。心ぽっきりだ。俺死んだ。チーン」


妖怪だけどね。
絶望だってするんだよ。

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