「おーい、おぉぉい!」 「せんぱぁい!菊せんぱーい岩先輩ぃぃいぃ!」 「うるさいぞ…口の坊、赤の坊」 「叫ぶな、今も耳がキーンとする」 「ちぃーっす!」 「久しぶりっすー!」 井戸の入り口で大きな声を出されると中で反響して鼓膜が有り得ないほど痺れてしまう。 口をへの字にした井戸組がひょっこりと顔を出すと、呼びかけていた2人は元気良く頭を下げた。 疲れた顔をしているのは口裂け一家の、大きく溜息をついたのは怪人赤マント一家の息子である。 「また愚痴でも溜まったのか?」 「そうなんすよー、聞いてくださいよー」 「世知辛い世の中なんすよー」 「今に始まったことでは無いだろう」 一度は日本中を震撼させた先代もブームと同時に引退し、年若い彼らが現代社会を頑張って生き抜いている。 だが、中々うまくはいかないものらしい。 「今日の夕方、女子高生を脅かしてやろうって電信柱の影で機を狙ってたんですよ」 「ふむふむ」 「セオリー通りだな」 「丁度よく通りがかってくれたから、勢い良く飛び出してマスク外して"俺、格好良い?"って聞いたんです」 「どこのナルシストだ」 「女と男でこうも差が出るとは…」 せっかくの一族のキメ台詞も口裂け男が醸し出すチャラい雰囲気のせいで売れないホスト臭しかしない。 「それで?ポマードって三回唱えられたか?」 「べっこう飴でも貰ったか?」 「うざい、きもい、ぶさいくっていう罵倒の後に腹にグーパンチ貰いましたー…」 「挙句の果てには見ていた子供から"外見じゃなくて中身だよ、元気出してお兄さん"って慰められてました」 「畏よりも同情を集めたか」 「ある意味才能だな」 魎がよしよし、と口裂け男の頭を撫でると「都市伝説でも俺の話は聞かなくなった今、ちゃんと仕事こなせるか不安っす…」と悔しそうに呟いた。 「コイツはまだマシっすよ。俺なんか怪人赤マントっすよ?今時"怪人"なんかいねぇっつーの…」 「まぁよく言って"変人"だな」 「"変質者"の方がしっくりするぞ」 「部活帰りの中学生でも捕まえてやろうとしたらケータイ出しやがって"3秒以内に目の前から消えないと通報します"って…」 「警察だけじゃなくPTAも動くだろうな」 「そして次の日にはニュース沙汰か…ある意味恐ろしいかもしれん」 子攫いで名を馳せた怪人も、今ではただのロリショタコンプレックスとしか認知されない。 昔と違って今は防犯対策も思考も強化され、一世風靡した妖怪達も今ではただの犯罪者か頭の痛い奴である。 「そもそも赤いマントがいけないんじゃないか?闇に溶け込めばきっと…」 「怪人黒マントか、格好いいかもしれぬぞ」 「それだと、どこぞの顔が20個もある怪人と同じになるじゃないですか」 「…江戸川乱歩もこんな世の中が来るとは思わなかっただろうな…」 「妖怪の自我の確立も難しいものだな…」 本家の妖怪たちは皆それぞれ佇むだけで恐ろしいというのに、どうして自分達はこうもうまくいかないのか。 うーんうーんと悩んでいたそんな時、四人にすっと影が差し込んだ。 「よう、何してんだ?」 「あ、若。こんばんは」 「良い夜ですね」 「ちぃーっす!」 「お勤めお疲れ様っす!」 ぺこりとそれぞれが頭を下げる。 井戸を中心に集まった彼らの傍に降り立ったリクオは煙管を咥えながら再度「何を話してたんだ?」と尋ねた。 「口の坊と赤の坊が生き抜くには現代は厳しいという話です」 「都市伝説の入れ替わりは早いですからね」 「なるほどなぁ…でも昔ながらの妖怪だってちゃんと出来てんだからお前らだって出来るだろうよ」 根強く残る怪談話はあることはあるのだ。 現に魎もなんだかんだで生き残れている。 リクオの指摘に若い妖怪達は眉を下げたまま小さく頷く。 「そっすね…人面犬先輩とかメリー先輩とか…」 「カシマ先輩とかね、まじリスペクトだよな」 「ああ、だからお前らももうちょっと頑張ってみろ」 「はい……あざっす!やってみます!」 「流石は若っす!やる気が出てきました!」 互いを見合いながら笑顔になった二人を見て、リクオも満足そうに頷く。 井戸の二人もにこにこと微笑んだ。 「ありがとうございます、若」 「俺達も頑張ります」 「おう。悩みは誰にだってあんだから気にすんな。お前らは順調そうだけどな」 「そうっすよ、先輩達って安定してますよねー」 「羨ましいっすよ。幽霊つったらやっぱ菊先輩と岩先輩っすもん」 「いやいや、そんな事は無いよ」 「俺達だって悩む時はあるさ」 以前の笛の件だったり、皿の件だったりと思い返せば自分達の存在価値を見つめなおす事が多い。 だからと言って、自分の運命から逃げてはられないのだ。 後輩達の存在も自らを古株として自覚させ奮い立たせるのに一役買っている。 どっしりと構える事で、井戸の二人は一族を守っているのである。 「幽霊つったら、代表的なのがもう一人いるだろ」 「ああ、貞子先輩っすか?マジ格好いいっすよね」 「超凄いっすよ、今じゃインターナショナルSADAKOっすから」 「「その名を口にするな…っ!」」 「え?お前ら…?」 「せ、先輩…?」 「どうしたんすか…?」 急に声を荒げた井戸の二人に一同が目を丸くする。 魎もお岩もぶるぶると震えながら奥歯を噛み締めていた。 「忌々しい…っ!我々と同じ昔に死んだ幽霊の末裔の癖に映画に起用されただけであんなに畏れを集めやがって…っ」 「ただ髪が長くて目ん玉ひん剥いてるだけじゃないか…っ!テレビか!?井戸ではなく今はテレビから出なければ畏れは得られないのか…っ!?」 「お岩のは完全に髪型かぶってたから相当バカにされたな」 「井戸に住んでることもな…忘れもしない…"え?そこ1K?私今55インチのテレビにいるのよ。広くて快適なの"って言ったアイツの顔…っ!憎たらしい!」 声色だけではなく身振りもマネをしてお岩はくっと眉間に皺を色濃く作った。 ふだんおっとりしている二人がこうも取り乱すとは、それほど貞子のフィーバーっぷりが鼻についたのだろう。 「ああ、だから岩先輩髪の毛切ったんすね」 「前はもっと長かったっすもん」 「後姿だと確かに見分けがつかなかったな」 「アイツ暇さえあれば俺達の所に来て井戸を覗いていくんですよ、あの目で」 「流石に幽霊の俺達でも呪われるかと思いました。しかも笑ってるんですよ、相当腹立ちますよ」 髪を垂らしながらにたにた笑う気味の悪い女がぬぅっと覗き込んでいる姿を想像しただけで三人の背筋はぶるっと震えた。 それは確かに怖いだろう。 「あ、でも貞子先輩、岩先輩の事を好いているってもっぱらの噂ですよ」 「なん…だと…?」 「おお、お岩のの血の気の無い顔が更に青白くなった…」 口裂け男が記憶の片隅にあった話を持ち出すと驚きすぎたお岩は目玉をぽとりと落とした。 「やめてくれよ…俺はテレビから不法侵入してストーカー行為をするヤンデレメンヘラ電波女はごめんだ…」 「テレビだけに電波か」 「お、さっすが若様!うまいっすね!」 「一体誰がそんな噂を?」 「俺は日本中の小学校のトイレを転々としている花子先輩から」 「俺は日本中の踏み切りを転々としているテケテケ先輩から聞きました」 「あいつら…っ許せん…!」 「女ってのはどうしてこう根も葉もない噂が好きなんだろうな…」 ――…今夜も恨みのこもった悲しげな声が、井戸から響いている。 [*前] | [次#] |