江戸から続く由緒正しいお化け一家。
それがこの並立する井戸の中に潜んでいた。


「ひゅーどろどろ…うらめ「おう、お岩の」……俺の一番の輝く瞬間を奪うな」


どろどろどろ、と井戸から這い出て常套句を述べようとしたところで魎も井戸から顔を出して声をかけた。
煮え湯を飲まされた気分のお岩屋は顔をしかめて目玉を投げつける。


「すまんな、目玉を返そう」
「おう。一体どうしたんだ?」
「いつも思っていたんだが、ひゅーどろどろと口で言うのはいかがなもんかと」
「ううん、それもそうだ…」


目玉をはめ込み、お岩屋は悩む。
効果音が無いと、自分がお化けとして唯一持つ"うらめしや"が生かされないことは先代から口をすっぱくして言われたことだ。
だが、確かに口で言っても怖くない。


「というわけで、本家から笛を貰ってきたぞ」
「おお、すまんな」
「練習してみろ」


白く細い腕を伸ばして笛が井戸を行き来する。
これまた白く細い笛をお岩屋はぎこちなく咥えて息を吹き込んだ。


ぴーぷーぺぽー…


「何故"ひゅ〜"が出んのだ」
「そりゃ若が小学生時代のリコーダーだからだ。ああ、ちゃんと青田坊様が拭いてくれたから心置きなく吹け」
「そうだったのか、すまんな」
「いやいや」






「ぴーぽーぴーぽー うらめしやぁぁー」
「救急車か」


――…今夜も人間の不安を誘う声が、井戸から響いている。

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