なんだかもう死んでしまいたい気分だったわ。ジントニックにはライムが入っていなければならないし、それが丁寧にぎっちり搾られないといけないように、そうでなくてはうまくゆかないことって、沢山ある。私は一昨日フラれたのだけれど、その理由が全く酷かった。たとえば性格が合わないだとか、価値観がどうだとか、最悪アレがゆるいだとか、そんな理由ならずっとマシ。何がどうなって、「男が好きになった」という理由でふられなければならないの。そんなのってない。女としての私を頭のてっぺんから爪先まで全否定された気分。私は、男なんて生き物よりずっと可愛いし柔らかいしいいにおいだし、生々しくない。女の子という生き物は、現実的に汚ならしいものからばっさりと切り離されている。そういうことになっている。

ジンをロックで頼んだら、芸術的に砕かれた氷のあいだをとろりと埋めるほどキンキンに凍らされたのが出てきた。このお店は私の行き付けなのだけれど、さらに好きになった。ここのマスターはジンの美味しい温度をちゃんと知ってる。私はそれを少しずつ少しずつ口に含む。すると独特の苦味に眉がぎゅっとなって、喉が焼けたようになった。ああ私は今強いお酒を飲んでいる。ポーズって案外大切。私は今恋人を失った悲しみにうちひしがれている。

「フラれただなんて大袈裟ね。あんたも、リカも女じゃない」
「大袈裟じゃないわ。女同士の友情って、そんなものよ」
「そうなの」
「男ができるとね、儚いの。みんなそのことで頭いっぱいになって、ふぁーってそっち行っちゃうの。リカも、最近メールすぐやめちゃうし、彼氏の話ばっかりする。こんなのってないわ」

ジンはキンキンに冷えきっているのに、どういった化学変化を起こすのか、私の身体に飲み込まれるとそこですぐ炎に変わった。たちまちにほっぺたがあつくなって、冷たいジンを、身体が求めた。トニックウォーターやリキュール、ライムで誤魔化されていないジンは、とても角があって、飲みづらい。私はそれを噛み締めるように飲んだ。どうせ次にはホワイトレディやギムレットを頼む。ギムレットには、まだ早いかもしれないけれど、そんなのはまぁ関係ないのだ。アイコはやさぐれる私の隣で、モスコミュールを傾けた。彼女はウォッカが好きだった。飾り気のない黒のセーターに、深い色をしたタイトなジーンズをはいて、これまた飾り気のないモスコミュールを静かに飲んでいるのは絵になった。アイコはクールだ。100パーセントクールで構成されてる。黒髪でショートカットなんて、つい野暮ったくなってしまうのに、彼女の纏う冷たい空気が、そうはさせなかった。ゲージ数まで緻密に計算されているんじゃないかってほど彼女に似合ったシルヴァーのピアスは、アイコ
がもてあそぶたびにキラキラ光ったし、革のブレスレッドだって、そこらじゃ売ってないデザインをさりげなく主張してる。なんで私、こんな素敵な人と仲良しなのか、たまにわからなくなるくらい、アイコは格好よかった。

「寂しいならあんたも彼氏つくっちゃいなよ」
「アイコと違ってそんな直ぐにはできないわ」
「男なんて、沢山いるじゃない。サークルの後輩とか、先輩とか、バイト先とか、合コンもあるし、このあとブラブラしてれば一回は確実に声かけられるし」
「そんな寂しさを埋め合わせるだけの付き合いはしたくないの」
「わがままね」

わがままなんかでは決して、ない。私はなるだけいろんなことを自分で決めたいのだ。沢山男がいるからって、一人と決めないで寝てしまったら、そんなのはただのビッチだ。格好が悪い。そんな、男にも女にも嫌われるような頭の悪い、寂しい人間にだけはなりたくなかった。

グラスの中が寂しくなったので、ジントニックを頼んだ。このお店は必ずライムを浮かべてくれるからいい。ジントニックにはライムという付属がないと、締まらない。けれどジンバックやロンドンジンジャーに絶対レモンが必要かというと、私にとってはべつにそうじゃない。なんでもないシンプルな、けれどラインがキレイに出る服には、それなりのアクセサリーが必要なのと、ちょっと似てるのかもしれない。アイコのモスコミュールには、なにもない。

私、アイコに乗り換えようかしら。

アイコはびっくりして、「えっ」と声をあげた。私はそんなオーバーにリアクションする彼女を見たことがなかったので、なんだかすっと酔いが醒めてしまった。

「何よ、嫌なの?」
「そうじゃないのよ。ただあんたって、愛情表現過剰じゃない。リカみたいにあんたとキスしたり、一緒に寝たりする自分が想像できないの」
「なんだかその表現、私が男みたい」
「そういえば実際、リカと付き合ってるんじゃないかって、疑ってた時期があったわ」

女の子同士って、そういうものじゃないの。私の言う友情って、ビフィタージンみたいにとろりと濃厚で、透明なんだもの。そこにはトニックウォーターも、ジンジャーエールも、ライムジュースも必要無い。それが必要になってくるのは、安っぽい恋愛だけ。飾りがないと苦しくて飲み干せないような、日本のウィスキーみたいに。

「とにかく、私はあんたとベタベタするのは嫌」
「ざんねん」
「あんたがレズだったら、真面目に考えたわ」
「えっ」

冗談よ、とアイコは笑った。ボルドーの口紅がとても似合っていた。だってジンとウォッカなんて混ぜたらおいしくない。思い出したように私は、ジントニックからライムを掬い上げて、ぎっちり搾った。そうでなくちゃいけないことって、沢山ある。それはジントニックにはライムが入っていなければいけないだとか、私はそれをぎっちり搾らないといけないだとか、女の子は男の子を好きにならないといけないとか、案外沢山ある。けどそれは、結局、そうなっているというだけなのかもしれない。私は今、ジントニックを流し込みながら、そう思った。


END

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -