十九年で人生が終わってしまうというのは、いったいどんな気分なのだろう。

佐野が死んだ時、彼は十九歳と三ヶ月だった。彼と僕は高校の友人だった。大学でわかれてから連絡はとっていない。訃報を受け取った時、僕はアルバイトを終え、家路についていた。よくある自転車に乗り、赤信号でメールを確認していたら、出会い系の勧誘メールに紛れて、それがあった。

「お前、佐野の葬式出る?」

え、佐野死んだの?とメールを返したら、次の日に長いメールがきた。僕は、そうか、佐野は死んだのか、と、ただ納得した。それから、出しっぱなしのコタツに寝そべって、十九年で人生が終わるというのは、どういう気分なのだろうと考えた。そういえば、もう六月だ。

雨が降った日は車ででかける。学校やアルバイトではなく、ショッピングモールだ。車は、今時珍しいマニュアル車。前の彼女が、男は絶対マニュアル車でないといけないと言った。だから親が入学祝いに買ってくれた車は、マニュアル車にした。サードからセカンドに切り替える時の手の甲が好きなのだそうだ。たしかにオートマだと手を斜めにすることなんて、ないかもしれない。けれどサードからセカンドだなんて、右左折くらいでしかお目にかかれない。彼女に、トップからセカンドではいけないの?と聞いたら、うーんと難しい顔をした。

車があるだけで大学ではちやほやされる。サークルでは重宝されるし、好きな子を助手席に乗せてあげれば、大抵家までついてきてくれる。人生イージーモードというのは、きっとこんな気分なのだ。ショッピングモールで、万札を何枚か財布にいれて、適当な服を手ぶらで選んでいるような、そんな気分。実際そんなことをするのが、好きだ。安い大衆向けブランドを冷やかして、結局はワンランク上のブランドをじっくり見る。見た目に投資した分だけ、ランクが上の女の子と付き合える。

佐野は黒髪の似合う爽やかな男だった。イケメンに部類されて、センスが良かった。安いブランドの服でも、うまく組み合わせてそれなりに見えるようにするのが上手かった。読書が趣味で、嫌味にならないようにさらっと知識を披露するのも上手い。佐野に薦められて一度ゲーテを読んだが、ちんぷんかんぷんのまま終わってしまった。夏目漱石も、高校の教科書で読んだきりの俺にとって、それはランクが高すぎた。

けれどそんなに佐野と仲が良かったかというと、そうでもない。学校がある日は毎日一緒に昼食をとる程度だ。それなりに仲がいいようにみえるが、部活は別々だし、登下校も別々だった。共通の友達がいて、そいつが例のメールを寄越したのだが、とにかくそいつが俺と佐野の間に立っていた。野田という名前なのだが、とりたてていいところもないのに、なぜか彼女が途切れない男だった。自分の妹のように、色んな女の子に接するせいかもしれない。頭はあまりよくないが、物事を素直に見て、素直に感心できる人間だ。俺は野田があまり見た目がよくない女と付き合うのが好きではなかった。けれどあまりそんなことも言っていられないので、野田に見た目のよくない女ができると、俺はその女に冷たくした。野田はそんなことでは俺を軽蔑しないと確信していたからだ。

野田とも高校を卒業したきりあっていないが、彼とはネットのコミュニティサイトで交流したり、ことあるごとにメールや電話をしていた。親友と呼べる唯一の人間と言ってもいいかもしれない。相手がどうおもっているかはわからないが。

そんな、佐野とは野田という媒体で繋がっていただけの俺が、彼の葬式に出席することはなかった。講義もバイトも忙しかったし、サークルの行事もちょうど重なっていたからだ。佐野の死因がいったいなんだったのか、いくらスクロールしても終わりそうにないメールに、ついぞ一言も書かれてはいなかった。それは巨大な理不尽のように感ぜられた。まるで朝目覚めたら巨大でグロテスクな甲虫に変身してしまっていたような気分だった。

佐野が死んでほどなくして、大学は長い長い夏休みに突入した。一年目の夏休みはずいぶん暇をしてしまったので、二年目はぎゅっと予定を詰め込んだ。キャンプに旅行にカラオケ、バイトもその隙間を埋めるように入れ、俺は茹だるような夏を、駆け抜けるように忙しなく過ごした。もとより寝ているくらいなら外に出て遊びたいという気性の持ち主なので、それが苦になることはなかった。けれど、時折寂れた商店街に佇んでいるような気分になることが、ないわけではなかった。

夏休みも半ばの、普段よりぐっと涼しい夕方だった。俺は夕立も無さそうだと踏み、自転車で生クリームのような空気を切っていた。たしか髪を切りにいく予定で、予約に遅れそうだと頭の隅で考えていた。交差点にさしかかり、青信号が点滅していた時にスピードはそのままで横断帯を渡ろうとした。その時、何故か車が俺の右側からいいスピードで突っ込んできた。その瞬間はよくよく覚えている。あっと思った瞬間、俺は自転車ごと押し倒され、コンクリートに頭を強かと打ち付けていた。

そこから先はあまり覚えていないのだが、近くを通りかかっていた女性がすぐに駆け寄ってきてくれて、俺は助けられながらも自分の足で路肩に寄った。するとすぐに青い顔をした運転手が走ってきて、大丈夫ですか、すみません、と言った。頭を打っていたので、俺はすぐに病院に運ばれ、運転手は警察の事情聴取をうけていた。あとから聞いた話、運転手はマニュアル車でサードギアのままブレーキだけで交差点を左折したところだったらしい。俺は脛椎捻挫に股関節を痛めて、病院で点滴を受けた。人生ではじめての点滴だったので、悲観的な気分になった。空気が入ったら死ぬという前時代的な点滴観を持っており、終始水滴を見詰めていた。そうして、明日のバイトは行けないだろうし、ギシギシと痛みはじめた股関節では車も運転できないだろうと考えた。そうするとサークルの部員は心配しつつも、足を失った、と失望し、俺に落胆し、苛立つだろう。バイト先のシフトにも穴があいて、誰かがそれを補わなければならない。点滅信号を渡ろうとした自分に絶対非がないかと言われるとあまり自信はないが、絶対的に運転手が悪い。けれど、そんなことは、他人に関係ないのだ。

頭を打ったせいで吐き気が酷かった。点滴だけではどうにもならなかったので、俺は座薬を受けなければならなくなった。中年の看護婦に臀部をさらすのは屈辱だった。座薬が終わると俺はまた安静を命じられ、個室に一人になった。病院は静かだ。こんな静かなところで、俺はいつか死ぬのだろうか。そして、十九歳で死ぬのは、一体どんな気分なのだろうと考えたら、涙が込み上げてきて、佐野が死んではじめて泣いた。俺はこの夏休みが終わる頃には、二十歳になる。


END




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