愛子は1ヶ月ほど生理が止まっていた。白い脂肪がぽってりと健康的についた体は世に言う安産型で、生理は機械的なまでに毎月やってきていた。もともと遅れやすい体質であったが、これほどこないのは初潮から未だかつてないことであった。

愛子は学生である。大学の、法学部で、刑法を専門に、あとは労組法や民法について学んでいる。刑法総論という、基礎的な講義を聞いているとき、殺人罪の話になった。そこから、堕胎は殺人じゃないのかという話になり、母体から半分だけ産み出された赤ん坊を殺したらそれは殺人なのかという話になった。愛子はなんだか息苦しくなった。そして、自分のお腹の中が、ぐるりと捩れたような気分になり、教室を出た。あの教授は、普段から無神経なところがあったが、今回はカリキュラム的に触れなければならないところであった。母親は、唯一、合法的に命をつみとることが、できてしまう。けれどそれは計り知れない悲しみと、一生つきまとう後悔を産み出すのだから、それは、教育的観点から見た刑罰と根底で同じ性質をしているのかもしれない。

近頃、随分冷える。2月に差し掛かり、風が随分冷たかった。ピアスは素材を選ばないと、大変なことになる。金属アレルギー用の、プラスチック素材はよかったけれど、壊れやすかった。愛子はピアスを増やしたかったが、勇志があまりいい顔をしなかった。勇志は、愛子の恋人だ。付き合いはじめて、半年になる。そういうこともちゃんとしていた。健全な大学生のカップルだった。勇志にこのことを相談してよいものだろうか、と愛子は思った。けれど、彼と喫茶店や居酒屋で楽しく会話している時にそんな話をするのは気の進むことではなかった。今夜はどうせ、寝るのだから、その時にしようと、毎回思うのだった。するとまた、お腹がざわめきだして、きゅうと痛んだ。


「ゴムして」
「ない」

勇志は嘘をついた。部屋の片隅には青くてなんだか一見それとはわからないパッケージがある。愛子は確認していた。

「じゃあやめよう。口でするから」
「なんで?いっつも何も言わないじゃん。どうした」

愛子は少し躊躇った。暗がりで、勇志が萎えているのがわかったので、なんでもないよ、気分、と言った。するとまた押し倒されたので、愛子は諦めた。

こういうことは、案外、誰にも相談できないことだ。愛子は口をつぐんだ。すると、本当に、なにも身体から出ていこうとしなくなった。おならもげっぷも何もかもが、お腹に溜まって、愛子を苦しめた。ぽこっとでばって、スカートが苦しくなった。そうなると、愛子はいよいよ焦った。生理は二ヶ月止まっていた。夜になるとどうしようもない不安が押し寄せてきた。その不安の大半は堕胎費用のことだった。世間というものがそうさせるのだった。言い様のない焦りが、愛子を苛んだ。その焦りや不安は、時に痣となり愛子の左腕に乗り移った。あっという間に左腕が真っ黒になる。愛子は追い詰められていた。

けれど、ある日、ショーツをずらすと、そこには赤黒いものがついていた。愛子は思ったよりも、安心しなかった。やっときたか、と、そんなものだった。けれどその経血はいつもよりずっと、形を保っているような気がして、怖かった。勇志とはもうしたくなかった。放心しながら、愛子は、今度のデートで勇志と別れようと思った。愛子と勇志の愛の結晶と揶揄されるものが、愛子から流れ出てしまったからだ。


END




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