今日はちよっぴり特別な日

「どこか行きたいところある?」

「特に。
よくわかんないから灯さんに任せる。」

まあそうだよね。
校内に入るのは今日が初めてだろうし。

「わかった。
じゃあ行きたいところがあるんだけどいいかな?」

「うん。いいよ。」

二口の手を引き、中庭に向かう。
中庭では運動部がテントを張り、模擬店を行っている。
そこにはもちろん女バレの模擬店もありもちろん…


「夜久ちゃーん!」


二口と繋いでいる手とは逆の手を振る。
私の声に気付いた夜久ちゃんは、手を振り返してくれた。

「…やっぱり夜久さんか…。」

二口がボソッと呟く。

「あれ?
二口、夜久ちゃんのこと知ってるの?」

「え、あ、まあ。」

二口の目が泳ぐ。
…まあいっか。
花巻ともいつの間にか仲良くなってたし、その繋がりかもしれないし。

「月島やっぱり来たか。」

「月島、その人って例の二口?」

私の声を聞いて、白井と入江もテントから出てきてくれた。
二口を見て、ニヤニヤしてるけど。

「そ。
例の二口だよ。」

私が二口の腕にギュッと抱きつけば、女バレの面々にヒューと変な野次を飛ばされる。

「あー…例の二口です。」

二口は苦笑い。
女バレはフランクフルトを売ってたから、2本買って少し話をしてその場を離れた。

「ねえ、例の二口って何…。」

「え…あー…うん。」

付き合う前に色々相談してたって言うのもなんだか恥ずかしい。
思わず目が泳ぐ。

「めっちゃ気になるんだけど?」

ニヤニヤ笑う二口。
二口がいじわるだ。

「…じゃあなんで二口は夜久ちゃんと知り合いなの?」

「え…。」

今度はニヤニヤしていた二口の目が泳ぐ。
私も大概いじわるだななんて思いながらも、思わず口元がにやけてしまう。

「二口、この話はもうやめようね?」

「…はい。」

二口にフランクフルトを渡し、座れそうな所を探す。
中庭のベンチは人で埋まり、座れそうもない。

「少し離れたところでもいい?」

「俺はいいけど、灯さんは戻る時間とか大丈夫?」

「私は全然大丈夫。
岩泉がゆっくり回って来いって。」

「かっけぇ。」

「そりゃうちのエース様ですから。」

人がいないところ、そう思って歩いていれば、裏庭の方までやってきた。
空いているベンチに座る。
ここまで来ると、回りに人はいなかった。

「そういえば二口は大丈夫なの?
伊達工も文化祭でしょ?」

「んー…まあ大丈夫っしょ。」

「…ほんとに?」

何故か当の本人よりも私の方が不安になってくるけど、二口の言葉を信じよう。

フランクフルトを食べながら、昨日見たテレビの話や伊達工の文化祭の話、そして各々のチームの話をした。


「灯さんはさ…あれから及川さんとは普通に話すの?」


話の途中で及川の話になった。
二口の少し緊張感のある話し方から、インターハイのあの日のことを言っているのはすぐにわかった。
もちろん謝ってもらったから私はすぐに許したし、できるだけその事は忘れようとしていたけれど、改めて聞かれると顔に熱が集まってくる。

「別に…普通に話すよ。
及川とは友達だしさ。」

思わず目をそらす。

「そっか。
…ねえ、灯さん。」


「なに?ふたく……」



一瞬、時が止まった。



離れていく二口の顔。
悪戯に笑う顔二口とは対照的に、私の顔は恐らく真っ赤になっているだろう。

「え…な……。」

目を逸らすことも忘れ、逆に二口を見つめてしまう。


「もう1回、する?」


やっぱり悪戯っ子みたいに笑う二口の問に、コクリと頷く。
「じゃあ目、閉じて?」なんて言う言葉に素直に従えば、もう1度唇に触れる感触。
二口の唇が離れると、思わず手のひらで顔を隠す。
そして何故か、二口も自分の口を手で覆った。

「いやいや!二口はなんでよ!」

「なんていうか…ごめん。」

思わず笑う。
二口も釣られて笑ってる。

「なんか及川さんの話してたら先越された感がしちゃって。
自分から話振っといてごめん。」

「ううん。なんか、嬉しかった。
ありがとう?」

「いいえ、どういたしまして?」

そう言って、笑い合う。
幸せってこういう事だろうな、そう思った。



適当に校内を回っていると、二口のスマホが着信を知らせ、スマホの画面には「鎌先さん」と表示されている。
それを見て、ゲッと露骨に嫌そうな顔をする二口。

「鎌ちからじゃん。」

「絶対さっさと帰ってこいって電話だよ…。」

聞けば、メイドの写真を送る代わりに二口の分も働いてくれるっていう鎌ちに、及川の写真を送ったらしい。
私が制服に着替えてる間にそんなことがあったなんて知らなかった。
しかもその時に来てた連絡も無視してるなんて。

「そりゃ鎌ちも怒るよ…。
出た方がいいんじゃない?」

「だよねぇ…。」

しかし一向に出る様子のない二口。
私が代わりに出ようか?と提案すれば、すぐに電話を渡してきた。

「今度ケーキバイキングね。」

「うん。奢る。」

通話ボタンを押して耳に当てれば、すごい勢いの怒鳴り声が耳を劈く。


『てめ二口!!
いつまで青城いんだボゲェ!帰ってこい!!』


それは二口にも聞こえたらしく、苦笑い。

「えっと…月島です。
ごめんね、鎌ち。迷惑かけて…。」

『え?月島?』

「今二口と一緒にいるの。
長々と借りちゃってごめんね。」

『え、いや…月島が謝ることじゃねぇからさ。』

鎌ちも怒りが行き場を失ったのか、しどろもどろ。
その様子が分かったのか、二口がニヤニヤしだした。
それにちょっとイラッとする。

「もうちょっとしたら二口そっちに帰すから、そしたらギュウギュウに絞めてやって。」

えっ!とびっくりしてる二口を見て吹き出す私と、電話口で吹き出す鎌ちの声が被る。

『わかった。
じゃあ二口が逃げ出さないようにキツく言っといてくれ。』

「おっけー。
じゃあ、茂庭くんとささやんにもよろしくー。」

『あいよ。言っとくわ。』

じゃあね、と電話を切って二口にスマホを返す。

「鎌ち、そんなに怒ってなかったよ?」

「ッ…ダウト。」

何それ!と笑う。

「とりあえず、ありがと灯さん。
多分……そんなに怒られないと思う。
…そんなには。」

「とりあえず伊達工の人達にお土産買ってく?」

「…買ってくか。」

「じゃあ調理部でカップケーキとかクッキー売ってるから見てこ。」

私達は調理部のブースまで移動して、お菓子を買う。
私も部員達にお土産として買ってくことにした。
それぞれ好きな物を買うと、二口を校門まで送る。
私は二口に言おうと思っていたことがあった。


「ねえ、二口。」
「…あのさ、灯さん。」


まさかの同じタイミングで声が被る。
お互いに先に言うのを譲るけど、二口から言うことになった。


「あのさ…もうすぐ春高の代表決定戦じゃん。
だから、春高終わるまで会わないようにしない?」


驚いた。
だって…


「私も、同じこと言おうとしてた…。」


そう言ったら、二口もびっくりしてた。
そして思わず笑った。
確かに会えないのは寂しいけど、でも、やっぱり部活とはいえお互いにバレーが大事。

「LINEとか電話は許してくれる?」

「それは俺も許して欲しいわ。」

次に会えるのは春高の代表決定戦。
それまでの日々を少し惜しんで、最後に少しだけ話をする。

「今日は来てくれてありがとう。
来年は絶対伊達工行くね。」

「うん。
楽しみにしてる。」



「…春高はサーブもスパイクもインハイの比じゃないから。
青城は強いよ?二口キャプテン?」

「ハッ、その鼻へし折ってやるよ。
県内一の鉄壁見せてやるから楽しみにしてな。
月島マネージャー。」



じゃあ、気を付けてね。そう伝えて二口を送り出す。
見えなくなるまで見送ると、手に持っていたクッキーをギュッと握っていたことに気付き、1人で苦笑い。

買ったの、カップケーキじゃなくてよかった。


春高宮城代表決定戦まで、あと約1ヶ月。


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