光源氏


「四の姫の好みの男ってどんな人?」

「姫様はどんな方が好きなのですか?」


私がここへ来て一ヶ月、ようやくここでの生活にも姫様の性格にも慣れてきた。
最初は姫様にどう接していいかわからなかったが、結局のところ姫様は好奇心が旺盛なのだ。
外に出ることがあまりない、という事も関係しているのだと思う。
そして私が嫌だと言えばそれ以上は聞かないし、『同じことを自分も答える』ということを律儀に守ってくださっている。

「うーん、俺はねぇ…。
あんまり派手じゃない人が好きかも。」

「あんまり派手じゃないって、抽象的なお答えですね。」

「わかり易く言えば……香があまり強くない女性がいいかな。」

嫌そうな顔をする姫様。
よっぽど嫌なのでしょう。

「申し訳ありません。
もし私も香が強ければおっしゃって下さい。
あまり自分だとわからなくて。」

「ああ、四の姫のは全然大丈夫。
むしろみんなそのくらいならいいんだけどネ。」

姫様はニヤリと笑い、そして「で?」と続ける。

「四の姫はどんな男が好きなの?」

きちんと姫様は答えて下さったから、私も答えなければならない。
正直あまり殿方に興味はないけれど…


「私は…右近衛少将様でしょうか……」


一瞬姫様はぽかんとされると、えぇ!?と顔を歪める。



「それって…及川殿?」



「はい。
在原業平のような方だとか。」

「確かにそうかもしれないけどさぁ……。
何?四の姫はそういう男が好みだったの?」

姫様はハァとため息をつく。

「好みと言いますか…やはり及川様の様な方はとても魅力的に感じます。
歌も手も、とても素晴らしいと聞いておりますし。」

「四の姫はもっと堅実な男が好みだと思ってたヨ。」

「確にそのような方が1番いいのかもしれませんが、やはり夢に見るのは素敵な公達でしょう。」

ふふ、と笑みを零すと姫様は首を傾げる。

「ふーん。
じゃあ源氏物語読んで、光源氏素敵!とか思うんだ?」

「それは勿論!」

源氏物語は私の愛読書。
光源氏は私の憧れの人。
姫様はニヤリと笑った。


「四の姫ってさ、光源氏みたいな奴に騙されそうだよね。」


「……どういう意味ですか。」

流石に少し腹が立った。
どうして姫様にそこまで言わなければならないのか。

「なんとなくそう思っただけ。
気を悪くしたなら謝るよ。」


「……わかってます。
私は器量が良くないですから。
勉強が好きな堅物ですし。」

私は異母姉のように容姿端麗ではないし、それで良い家の公達と結婚したいとも思っていない。


「…別に、そういう意味じゃないケド。」


「姫様?」

姫様はニッと笑う。

「というか、光源氏って四の姫の甥っ子がモデルなんデショ?」

「そうですね…。
でも甥っ子と言っても異母姉の子供で歳も私より上ですから。」

「ふーん。
じゃあ甥っ子じゃダメなの?
結婚相手とかさ。」

「いくら血縁とはいえ、身分が全然違いますよ。
関白家の嫡男ですから。」

「まあ……そうか。」

「はい。
今のところは結婚など考えられませんけれどね。」


今は結婚よりもやりたい事が沢山あるのだから。


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