真名と仮名


「四の姫、こんなこともわかんないの?
これで家庭教師になれんの?」

「くっ…
こ、今度こそは出来ますから。」

「じゃあもう一回なー。」









「な、な、な、何故………?」

隣でケラケラと笑う青葉姫。
姫とは言っても男性だけれど。

そんなことより…私…



「どうしてわからないの……?
こんなに弱かったかしら……貝合わせ…。」



目の前に散らばる貝殻。
けれどその殆どを当てたのは姫様だった。

「どうする?
もう一回やる?」

「…もういいです。」

「確かに勝ちすぎてもう飽きたかも。」

「………そろそろお勉強をいたしましょう。」

貝を片付け、文字の練習の為に台を準備する。
……ところで姫様は真名と仮名、どちらを勉強するのでしょうか。


「どした?」


姫様に横から覗き込まれる。
思わず顔を隠していた扇を落としそうになり、しっかりと持ち直す。

「ひ、姫様は…真名と仮名、どちらを練習なさるのかと…思いまして…。」

「ああ。
それなら両方やるよ。
…四の姫は真名出来る?」

「え、ええ。
一応、基本くらいなら…。」

「ふーん。」

ジーっと姫様に見られる。
なんだろう…?


「じゃあ俺が真名教えてあげようか?」


「…へ?」

ニヤニヤと笑う姫様。
私が、真名?

「俺、殆ど勉強できるし。
真名はわかるし仮名も大体わかるよ。
四の姫、折角なら真名わかった方が漢文も読めるしいいんじゃない?」

「…たしかに。
……あ、でも駄目です。
片手が扇でふさがっていますから紙を押さえられません…。
残念ですが…」



「じゃあその扇置いちゃいなよ。」




クイッと扇を指で引かれる。
ぽかんとしてしまった私でも、間一髪のところで元に戻す。

「な、なりません。」

「いいじゃん別に。」

「だめです!あ…。」

思わず声を荒らげてしまった。
いけない…。

「と、とにかく、私は成人した女ですから、無闇に顔を見られる訳には参りません。」

「ふーん。
じゃあさ、名前教えてよ。」

姫様は相変わらずニヤニヤと笑われている。


「な…!
……もっと駄目です。」


「そ。ざーんねん。」

姫様はそう言うと、仮名文字の練習を始めた。
横からその様子を見れば、女性らしい美しい字。
……そもそもどうして姫様は姫様なのだろうか。
男性なのに。

「…姫様。」

「ん?」


「不躾ですが、姫様はどうして…姫様なのですか?」


キョトンとする姫様。
そして、プッと笑う。


「なんでか教えたら顔見せてくれる?」


「…今の話は忘れてください。」

ケラケラと笑われ、姫様はまた字の練習を始めた。
衣服を見る限り、恐らくまだ元服はされていない。
……元服、されるのだろうか。
裳着…?
でも男の子の格好をしているから元服…でしょうか?

「何?
まだ聞きたい事あるの?」

「……聞きましたらまた顔を見せろとおっしゃるのでしょう?」

「まあネ。
…でも質問次第かな。」

「?」

姫は手を止めると私の方を向き、頬杖をつく。

「四の姫が同じことを答えてくれれば俺も同じように答えるよ。
逆もまた然り。
名前を聞かれれば名前を。
年を聞かれれば年を。
なんで俺が姫かは四の姫の顔ね。
どう?分かり易いデショ?」

「…わかりました。」

少しだけ、扇を持つ手に力がこもる。

「そんな身構えないでよ。
俺だって四の姫と仲良くなりたいんだからサ。
そういうわけで、よろしくね。」

「…よろしくお願いします。」


安請け合いしたことを、ほんの少しだけ後悔した。



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