花巻伊貴の女



私は学問の家に生まれた。
異腹(ことはら)も合わせて十人兄弟の四女。
あまり身分の高くない家だったけれど、それなりに裕福ではあった。
兄は何人もいたし、腹違いの姉はずっと身分の高い公達と結婚した。
しかもその姉の娘であり私よりも年上の姪は入内して中宮となった。
なんて素晴らしいんでしょう、お陰で私は大した期待をされることなく育った。

小さい頃、読み書きを覚えたら本が読んでみたくなった。
一冊読んだらまた読んでみたくなった。
もっと難しい本を読んでみたくなった。
お陰で私は今、学問好きだ。
知識が増えることが喜びだ。

『いい加減身を固めなさい。』

一度くらいは言われたことはあったけれど、強くは言われなかった。

『いい家に嫁ぐ事が女の幸せ。』

なんてよく言うけれど、幸せなのはその娘を持った父上だろう。
確に良い暮らしができるのはいい事だけど、あくまで子供が出来てからの話である。
それに私の家ではそれが顕著に現れている。
姉が結婚し、姪が結婚してから父上は他の未婚の娘たちにはあまり関心を持たなくなった。
まあ、そのおかげで私はのびのび好きな事をして生きてるのだから特に問題はない。

好きな人が出来れば結婚も悪くはないけど、学問を教える人になりたいな。

そんなことをぼんやり考えながら、日々私は学問に明け暮れていた。
そんなある日



「お前、家庭教師をしてみないか?」



父上から意外すぎる言葉を頂いた。

「ほ、本当ですか父上!」

思わず声を荒げ、自分で自分の口を押さえる。

「ああ。
お前がよければこの話を受けるといい。」

学問を教える人になりたいと、ずっと思ってた。
だから

「父上、お願いします。」

このお話を断る理由なんて何もなかった。


「そのお話、是非とも私に受けさせてくださいませ。」











『かぐや姫の再来』


そう都で囁かれている姫がいる。
朝から晩まで、その姿を一目みようと男が門へと群がっているとか。
女の私ですらその噂を耳にしたことがあるくらい有名な話だ。


ある日の早朝、目を覚ますと私は牛車にゆらゆらと揺られていた。
静かなこの場所に聞こえるのは牛車がギシギシと軋む音だけ。


何故そんな早朝に連れ出されたのかと言えば、そうでもしないと集まってきた男が多すぎて屋敷に入れないから。
実際に家を出たのは夜明け前であったが。

それはこれから行くのが例の美しい姫の住むお屋敷だから。

まさかそんな家の、それも例のお姫様にお仕えすることが出来るなんて思わなかった。
本来それだけのお方ならもっと有名な家庭教師がつくものだけれど、今回は少し違うらしい。
なんでも、もうある程度の教育は終えていて、友人のいない姫様の遊び相手も出来るくらいの年代で知識のある女性を探していたらしい。
それで私に話がきた、というわけだ。

それから少し経って、都の中心から少し離れた屋敷へとやって来た。
降りて見ると、大きな家。
朝日に照らされて眩しげに光っている。
そこへ、家の中から人が出てきた。

「よくぞおいで下さいました、四の姫様。
どうぞこちらへ。」

その人についていけば、その人はどんどん奥に進んでいく。
少し不安になって、扇を開いて顔の前に当てる。
一応これでも結婚前の女だし。

「こちらのお部屋にございます。
四の姫様のお部屋は姫君のお部屋の奥にございます。」

「はい。
わかりました。」

その人は部屋の前で声をかけると、私を中に入れた。
中に入るとそこにいたのは………


待って。



「高階公の四の姫?だっけ?」


私の方を向いたその人は、ニヤリと笑った。
対する私は声が出ない。
そして理解が追いつかない。

花巻伊貴(これたか)の女(むすめ)。
通称『青葉姫』。
私はその姫に仕えると聞いたのに。

低い声
大きな体

目の前にいたのは男の人だった。



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