過去

今は昔、都には2人の美しい姉妹がいた。
一の姫は特に手が美しく、習うものや代筆を頼む者もいた。
中の姫は特に歌が素晴らしく、歌を交わした者で恋に落ちない男はいなかった。

そしてその姉妹に共通していたことは、桃色の髪と切れ長の目。
その美貌は老若男女関係なく虜にする程だった。

当然ながら姉妹には求婚の申し入れが殺到していた。
手紙で歌を送る者、歌とともに贈り物をする者、姉妹の父や知り合いにツテを頼む物など、その手法は様々であった。

花巻伊貴

この男もその1人であったが、他の男達とは少し違った。
それは、全ての者達が一の姫か中の姫、せめてどちらかと、と思う中、伊貴は2人同時に求婚をしていた。
それを互いに隠すことなく堂々としていたことが功を奏し、正室として一の姫を、側室として中の姫を迎えることとなった。

その後間もなく、姉妹は同時期に子供を産んだ。
一の姫には姫君が、中の姫には若君が。
伊貴にとって中の姫の若君が長男ではあったが、嫡男とはしなかった。
中の姫も仲の良い姉が正室であることもありそれを了承していた。

その後、姉妹には姫君は生まれても、中の姫の若君以降若君が生まれることはなかった。
そろそろ中の姫の若君が元服をしようかと言う頃、一の姫が若君を出産した。
嫡男の誕生に伊貴は喜んだが、1つ問題があった。

若君は双子で、その片割れは姫君であった。

男女の双子は心中者の生まれ変わり。
そう噂をされる。
周りからはどちらかを養子に出せと言われ、順当にいけば姫君を養子にするが、伊貴はしなかった。
なぜなら若君も姫君も生き写しではないかと思う程、一の姫によく似ていたからだ。
一の姫によく似ていると言うことは、中の姫にもよく似ているということ。
姉妹を愛していた伊貴は、その姫君の成長を側で見たくてたまらなかった。

よって、名目上は姫君を中の姫の娘としたが、伊貴は一の姫と共に住んでいた屋敷で若君も姫君も育てることとなった。





その日は雨が降っていた。


「母上、俺はまだ帰りたくありません。」


若君と姫君が生まれて数年。
すっかり子供らしくなった2人と他の姫君達を連れて、一の姫は中の姫が住む実家へと足を運んでいた。
何日か滞在し、帰る日のこと、若君は帰りたくないと駄々をこねていた。

「いけません。
父上にも約束したでしょう?」

「でももっと兄上と遊びたい。」

「貴頼殿も出仕があります。
ですからお子とばかりは遊んでいられないのです。
それにここにいたら松川様のお子と一緒に遊べませんよ?
明日の夜に来るのを楽しみにしていたのでしょう?」

若君は友人の名を出されて口を噤むが、首を縦には振らない。
一の姫が困っていると、側で見ていた中の姫が笑う。

「若君、そんなことをしていると大好きな母上も姉上達も貴方を置いて帰ってしまわれますよ?」

「でも……。」

「そんなにここと貴頼が気に入りましたか?」

若君は小さく頷く。

「わかりました。
そうしましたらもう少しここにいらっしゃいな。」

その言葉に表現が明るくなる若君と、一方で驚く一の姫。

「でも、迷惑では?」

「迷惑なんてありませんよ、姉上。
孫がここに残りたいと言ったと知れば父上も母上も喜びますし。
明日の夜までには貴頼にでも屋敷まで送らせます。
きっと貴頼も、異腹とはいえ年の離れた弟が出来て嬉しいのでしょう。」

一の姫は観念をしたのか、ため息を吐く。

「…わかりました。
それではよろしくお願いします。
貴方も迷惑をかけないように。」

「わかりました。
母上に手紙を書きますね。」

「…何日滞在されるおつもりで?」

母と子は、そう言って笑う。
一の姫とその姫君達は車に乗り、先に屋敷へと帰って行った。

これが母や姉との最後の言葉になるとは、若君は思いもしなかった。





「叔母上、雨が強くなってきましたね。
母上と姉上達はもう屋敷に着いたでしょうか…?」

不安そうにする若君に、中の姫はほほほと笑う。

「そろそろ寂しくなって参りましたか?」

「……。」

中の姫はもう一度、ほほほと笑う。

「もうじき貴頼も帰りますから、そうしましたら屋敷に共に向かいましょうか?」

「……はい。」

ちょうどその時、ダンッ!ダダダダダ!と勢いよく廊下を走る音がした。

「母上!」

現れたのは、はぁはぁと肩で息をする貴頼。

「なんですかそんなに慌てて。
どうされました?」

「兄上ー!」

大好きな兄が戻ったことで喜び抱きついてくる異母弟に貴頼は驚く。

「な、んでお前…」

「兄上?」

貴頼は若君をぎゅっと抱きしめ、震えている。
ただ事ではないと中の姫は感じ、貴頼に問いかける。

「貴頼、何があったのですか。」


「母上…伯母上と…姫達が……。」


それは突然の訃報であった。

屋敷に帰る途中、山道に差し掛かった所で転落した。
雨で車輪が滑ったことが原因だった。
その訃報は伊貴にもすぐに届いた。
一の姫と姫君を亡くされたけれど、嫡男である若君が生き残ったことは不幸中の幸いであったと、周りの貴族達は伊貴を慰めた。

しかし、伊貴は違った。

伊貴の狂気にいち早く気が付いたのは貴頼だった。

「母上、幼子が着られる女物の着物はありますか?」

「幼子の着物ですか?
姫達の昔のものがあるとは思いますが…。」

「ではすぐに探させてください。
多少大きくても構いませんから、あいつをすぐに着替えさせてください。」

「若君に?」

「はい。
俺は一度父上の元に戻りますが、恐らく父上はここにいらっしゃるでしょう。
……そうしたら、亡くなったのは弟姫ではないと嘘を吐いてください。
そっくりな双子なら今の父上は分からないでしょうから。」

「どういうことですか…?」


「…父上は皆が亡くなったのはあいつのせいだと思っています。」


「何故……だってあれは、雨が降っていたからで…。」

「勿論です。
あれは事故だ、誰のせいでもない。
でも愛していた伯母上と、特に可愛がっていた弟姫を一度に亡くされて父上はおかしくなっている。
だから母上…弟を…」

中の姫は頷く。

「わかりました。
若君のことは私に任せなさい。
ですから貴頼は、父上を頼みますよ。」

「はい。」

貴頼を見送ると、中の姫はすぐに女中に着物を探させ、若君を着替えさせる。
それから間も置かず、伊貴と貴頼はやってきた。
伊貴は若君を探すが、見当たらない。
中の姫に尋ねれば、若君は亡くなったと告げられた。
そして姫君に扮した若君を伊貴に見せると、伊貴は喜びで涙を流す。
中の姫も貴頼も複雑な気持ちではあったが、心中では若君が無事で安堵していた。
特に貴頼はそうだった。
父がここに来る前、屋敷で懐に短刀を忍ばせていたことを知っていたからだ。







「……それで今ここには俺、青葉姫がいるわけ。
もしかしたら俺は父の手で殺されていたかもしれない。
だから兄上と叔母上にはほんと…頭が上がらないよね。」

そう言って姫様は笑う。
けれど、いつもの元気はない。

「それから俺はここに閉じ込められた。
もう二度と自分の元から姫がいなくならないように。
でも父は気付いてるんだ、俺が男であることを。
だからここへは近付かない。
…もしかしたら兄上がそうして下さっているのかもしれないけど、それを知る術もないし。
しかも俺に付けられた青葉姫は母上の呼び名だったんだ。
双子の片割れの名称ならまだしも、ホント、狂ってる。
…ごめんネ、四の姫にこんな身の上話して。」

私は首を横に振る。

「こんな…なんて辛い…。
こんな事情があるのにも関わらず…私は無神経に…。」

気がつけば、目には涙が溜まる。
本当に泣きたいのは私では無いはずなのに。

「泣かないでよ、四の姫。」

ぽんぽんと、姫様に頭を撫でられる。
涙を止めなければと思う程、溢れて止まらなくなってしまう。

「…もう夜も遅い。
そろそろ寝ようか?」

そう気を遣って下さる姫様に、首を横に振る。
え?と驚く姫様に、私も伝えなければいけないことがあった。

『なんで俺が姫かは四の姫の顔ね。』

私は顔を隠していた扇子を畳んだ。

「え…四の姫…?」

「姫様、1度しか言いませんからよく聞いてくださいね。」

驚く姫様のことは気に止めず、私は続ける。


「靖子、これが私の名前です。」


「靖子……。
顔を見せてくれた上に名前まで…どうして?」

「勿論、殿方に名前を教えるということがどういうことか存じております。
でも姫様になら、教えてもいいと思いました。
それはつまり………そういうことなのだと……。」


それは初めての感情。

気がつけば、私の視界には姫様しかいなかった。
笑っているのかと思ったけれど暗くてよく見えない。
時折見えるその表情は、普段は見られない真剣な顔だった。


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