崩壊


「送ってくれてありがとう、クロ。
それに買い物まで付き合ってくれて。」


「別に構わねぇよ。」

クロは私の家まで送ってくれて、買い物まで付き合ってくれた。
何時間も歩いたのに、電車では1時間もかからずに最寄りの駅に着いてしまう。


もっともっと遠い距離だと思ってたのに。


「…ねぇクロ、もしよかったらご飯食べていかない?」


「え、マジで?」

「うん、マジで。」

クロを家の中に招き入れる。
なぜかちょっとホッとしてる自分。

「俺もなんか手伝うよ。」

キッチンへ行くと後に付いてくるクロ。
まるで飼い主の後に付いて歩く猫みたいに。

「ありがと。
じゃあこれ、お願いしてもいい?」

「おう。」

クロは頼んだことを器用にこなしてくれる。
そのため、あっという間に夕飯が出来上がり机にお皿が並んでいく。


「思ったよりちゃんとしてんだな。」


いただきますと手を合わせた後、ニヤニヤと笑うクロにそう言われた。
同じ言葉をつい最近赤葦に言われたばかりだから笑いそうになった。

「そりゃ、独り暮らししてんだもん。」

赤葦に返したのと同じに返せば、え?とクロは驚いた顔。
なんでだろう?

「どうしたの?」

首を傾げる。


「お前、母さんは?」


……ああ、そっか。
納得した。

「……さぁ、新しい彼氏でも出来たんじゃない?」

クロは気まずそうにしてる。
なんだか申し訳ない気分だけど、事実だから仕方ない。

「気にしないで。
今更なんとも思ってないから。」

「…わりぃ。」

「だからなんともないって。
ほら、食べて?
クロお魚好きでしょ?」

「そうだな。」

クロは一口食べると、「うまい」そう言って笑った。
美味しいって言ってくれると嬉しい。
それで、なんか安心する。



「クロは今何やってるの?」


「俺?
俺は大学で……ほとんどバレーしてんな。」

「まだ続けてたんだ。」

「研磨だって続けてるぜ?」

「マジ……?」

あの研磨が…まだバレーしてるなんて。


ご飯を食べ終わると、クロは一緒に片付けを手伝ってくれた。
テレビを見ながらお茶を飲んで過ごす。

クロは私が引越してからのことを色々話してくれた。
バレーのこと。
研磨のこと。
音駒高校でのこと。
そして、今の大学のこと。

話に聞くクロは、まるで知らない人みたいだった。
所々に残る、私が知っているクロを探すけど、なかなか見つからない。

まるで私だけ置いていかれるみたい。


クロが一通り話してくれて、今度は私が話す。

「おばあちゃんが死んで、お母さんの家…ここなんだけど、引越して来たの。
最初は一緒に住んでたけど、たまに帰ってこない日があった。
それが増えて増えて…今じゃもう全然帰ってこないや。」

「…そうか。」

そのあと梟谷学園の話をした。
バレーが強いから知っているかと思ったら、うちの高校のバレー部とクロの高校のバレー部は交流があるらしい。

「お前梟谷だったんだな。」

「うん。近いからね。」

「バレー部に知り合いいねーの?」

「いるいる。
っていうかほとんどみんな知り合い。
赤葦に紹介してもらった。」

流石に、セフレ、なんて言えない。

「へぇ。
世界は狭いな。
…つってもお互い都内だけどな。」


ハハッと笑うクロの顔は、昔のままだった。


でも、時の流れは残酷だ。


色々な話をしたけれど、『身体を売ってる』なんて言えるわけがなかった。
きっとクロも隠してることはある。

5年という歳月は、長い時間だった。
けれど

再開するには短すぎた。










「…もうこんな時間か。」

クロが時計を見て、私も見る。
11時。

「じゃあ俺、そろそろ行くわ。」

「…あ……うん。」

クロを玄関まで見送る。

「じゃあな、柚瑠。
ちゃんと戸締りしろよ。」

「…わかってる。」

トントン、と靴を履く。
…なんか嫌だな。
赤葦のときも感じたこの気持ち。


「じゃあまた……」


クロがドアノブに手をかけようとしたとき、思わずクロの腕を掴んでこっちに引いた。
そしてそのままキスをする。

「え…柚瑠…?」



「……行かないで…。」



寂しい。
行かないで。
いなくならないで。



「帰らないで……鉄朗……。」



5年という歳月は


幼なじみという関係を簡単にぶち壊した。



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