クロネコ




『浴西、大丈夫?』



留守電には赤葦からの一件だけが入っていた。

赤葦を家に招いた次の日から2日、学校へ行かなかった。
そしてこれから3日目になろうとしている。

さすがにそろそろ行かないと出席日数やばいかな、等と思いつつも、それを咎める人などいない。
そう思うとどうでもよくなった。

…いや、高卒くらいの学歴はないと困る。

お金はある。
褒められた稼ぎ方ではないけれど、まあ今はなんとかなっている。
けれど今後の人生においてそれだけでは生きていけなくなる時期は必ずやってくる。
そうしたら結婚?
いやいや、こんな女を貰ってくれる男なんてたかが知れているじゃないか。


……うん、学校へ行こう。


そうは思ったものの、やはり気分が乗らない。
それに今日は土曜日だ。
私立高校だから土曜日も授業はあるものの、午前中で終わってしまう。










…結局、月曜日から行くことにした。

お腹が空いて冷蔵庫を開けてみたけれど、なにもない。
お取り寄せの鯖も食べてしまったので、何か食べようと外に出てみた。
そういえば外に出たのも3日ぶりだ。


近くのファミレスで適当に食事を済ませると、ちょっと歩いてみたくなった。

知っている道や知らない道、本当に適当に歩いた。
スマホにはナビもあるし、遠くまで行っちゃったらバスとか電車で帰ればいいや。
軽い気持ちで歩き続ける。
知っている道はもうなくなって、知らない道ばかりになった。
けれど不安はなかった。
むしろ心が軽くなるような、とにかく気分がいい。

時間を忘れる。

なんてよく言ったもので、私は本当に時間を忘れて歩き続けた。
気がつけば日は傾いていて、お腹も空いてきた。
さすがにそろそろ帰ろうかな、と路地を抜けて大通りの方へ出てみた。


「……あれ?」


かなり遠くまで来たはずなのに、見たことのある場所。
まさかと思ってスマホでマップを開くと、思った通り。

「…練馬。」

私どんだけ歩いて来たんだろう。

戻ろうかな、そう思いつつも足は更に進む。

小学校の高学年くらいまではこの辺りに住んでいた。
おばあちゃんと2人で。
だからもう適当に歩くことはなくて、足が無意識に家があった場所へと進んでしまう。
突き当たりを曲がれば私の家があった場所。


そこは駐車場になっていた。


周りの家はほとんど変わらないのに。

家主がいなくなれば仕方のないことだけれど、なんとなく寂しかった。
この場所で過ごした思い出も全部、なくなってしまったみたいで。




けれど




「…………柚瑠?」




思い出は物だけじゃない。
そこに立つ青年には見覚えがあった。
いやむしろよく知っていた。


「お前…なんでこんなところに…?」


相変わらず寝癖のすごい髪型からは、まだ変な寝方をしているということがすぐ読み取れる。




「久しぶりだね。クロ。」




大きな大きな黒猫に出会ってしまった。



[ 6/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]