寒い部屋
「どこ行く?」
「どこでもいいよ。」
うーん…困った。
赤葦の部活終了後、一緒に学校を出た。
適当に歩いてみたものの、特にこれといった事もなく。
そしてお互いに特に食べたい物もない。
「赤葦って何が好きなんだっけ?」
「菜の花のからし和え。」
「あ…なるほど。」
なんかあるとしたら居酒屋とかって感じするけど、未成年じゃ行けないもんね。
「じゃあ、赤葦、やっぱり家来なよ。」
「は?
いや行かないって。」
赤葦は家に来ると襲われるとでも思ってるのだろうか。
「菜の花のからし和え、スーパーで買ってこ?
そしたら何か他に作るし。」
赤葦は、え?と驚いている。
「そんな…悪いよ。」
「そんなことないよ。
来てよ、せっかくだし。」
あれ……なんで私、こんな必死になってるんだろ?
「あ、もしかして早く帰ってこいとか言われてた?」
「いや、そんなことはないけど。」
「じゃあいいじゃん。
ほら、行こ。」
赤葦を引っ張って、半ば強引にスーパーへ連れて行く。
ついでに牛乳とかお茶とかも買う。
買い物カゴは赤葦が持ってくれて、私が会計しているときにはすでに袋に綺麗に詰めてくれていて、それを持ってくれたのも赤葦。
なんてよくできた奴だろうか。
スーパーから少し歩くと、私のマンションに着く。
鍵を開けると真っ暗な部屋。
「ただいま。」
誰も居ない。
けど、一応声をかける。
「お邪魔します。」
「どうぞ。」
リビングの電気を点けて、赤葦をそこに通す。
「手伝うよ。」
「ほんと?
じゃあお願い。」
買ってきたものを片付けながら、必要なものを出す。
「あっ!」
「…なに。」
ハァとため息を吐く赤葦。
「赤葦、ハンバーグと鯖どっちがいい?」
「は?」
「どっちか選んで。」
「じゃあハンバーグで。」
「さすが赤葦、お目が高いね。
こういうわけなので手伝いはいらないです。」
首を傾げる赤葦の前に、冷凍庫からハンバーグを取り出す。
ちゃんと真空パックに入ってるやつ。
「お取り寄せしたやつの賞味期限が近いので一緒に食べてください。」
「お取り寄せとかしてるんだ…。」
「美味しくてつい…。」
前に誰か…多分客の誰かなんだけど、その人が連れて行ってくれたお店で食べたハンバーグがすごく美味しかった。
ヤッてる時もそのことしか考えられなかったくらいに。
その日は帰宅してから近所に店舗がないかすぐに調べた。
そしたらお取り寄せが出来ると知って、すぐに注文した。
「…と、まぁそんなわけでそれが残ってたの。
3個入りのうち1個は食べたんだけど、やっぱりお店の味には敵わなくてさ。」
「それで2個残ってたんだ。」
「そうなの。
だからちょっと待っててね。
すぐあっためるから。」
「わかった。」
赤葦はリビングの方へ行く。
私はお湯を沸騰させてハンバーグを湯煎する。
そして冷凍庫に小分けで冷凍しておいたご飯をチンして、その間に買ってきた菜の花をお皿に盛り付ける。
「できたよー。」
ハンバーグと菜の花のからし和えを乗せたお皿と、お茶碗をそれぞれ置く。
赤葦は意外そうに眺めている。
「何?」
「浴西もちゃんとしてるんだなと思って。」
「いくら私が荒んでたって、最低限のことはできるよ。
独り暮らししてんだから。」
コップにお茶を注ぐと、赤葦の目の前に置く。
「じゃあ食べよ。
いただきます。」
「いただきます。」
赤葦は一口、ハンバーグを食べる。
すると、びっくりしたみたいに私の方を見る。
「美味しいでしょ?」
「すごい美味い。」
「でしょ?
でもお店のはもっと美味しかったの。」
バクバクとあっという間に平らげる赤葦。
対して私はといえば、今日はあまり動いていないせいかお腹がそんなに空いていない。
「赤葦足りた?」
「んー…。」
微妙な反応。
全然食べたりてないんだろうな。
「私のハンバーグ半分食べていいよ。」
「え?でもそれは…」
「いいからいいから。
私あんまりお腹空いてないの。
ご飯と菜の花、持ってくるね。」
「ごめん、ありがとう。」
「いいえ。」
冷凍庫からもう一人前ご飯を出すと、レンジにかける。
そして小皿に菜の花を盛る。
なんだか楽しい。暖かい。
特別喋ったりしてるわけではないけど、なんとなく。
いつもより家の中が明るい感じがした。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
もぐもぐと食べる赤葦を見るのは楽しかった。
綺麗に食べてくれるから気持ちがいい。
「ご馳走様でした。」
「お粗末様でした。」
食器を流しに持っていけば、赤葦も後に付いてくる。
「食器洗うのくらいは手伝うよ。」
「ありがと。
じゃあ私洗うから、それ拭いてもらってもいい?」
「わかった。」
赤葦に手伝ってもらったおかげで片付けはあっという間に終わった。
「ありがとね、赤葦。
チーズケーキあるけど食べる?」
「食べる。」
お皿を2つ出すと、コンビニのチーズケーキを開ける。
「これ美味いよね。」
「うん!美味しいよね!
最近のコンビニスイーツは馬鹿に出来ない。」
「わかる。」
「飲み物は紅茶でいい?」
「うん。
ありがと。」
チーズケーキを食べながら、赤葦と喋る。
クラスのこととか、赤葦の部活のこと。
赤葦の部活のことから派生して、秋紀とか光太郎の話になる。
「この前木兎さんが部活に遊びに来たんだ。」
「そーなの?
光太郎とは全然会ってないかも。」
「毎日バレーしてて忙しいらしいよ。」
簡単にその様子が浮かぶ。
光太郎にとってバレーが呼吸と同じだってことはみんな知ってるから、多分光太郎のこと知ってる人はみんなすぐ浮かぶと思う。
「引退してからずっとうずうずしてたもんね。
その有り余った体力をぶつけられたときは死ぬかと思った。」
思い出したらちょっと寒気がした。
本当にあの日は死ぬかと思った。
腹上死ってやつ。
「……うちの先輩がなんかごめん。」
ちょっと引きながら謝る赤葦が面白くて笑ってしまった。
私が笑ったら、赤葦もつられてちょっと笑う。
「光太郎、赤葦がいないから寂しがってんじゃないの?」
「そんなことないと思うけど。」
「そんなことあるでしょ。
セックスしてても赤葦のこと語ってくるくらいだもん。」
「え…。」
完全にドン引く赤葦。
そりゃそうだよね。
私も正常な時なら引いてたと思う。
「気持ちはわかるけど事実なんだよ。」
「……うちの先輩が本当ごめん。」
「面白いからいいよ。
それに有り余る体力ぶつけられた日だったから喋ってくれてよかった、逆に。」
ちょっとだけ冷めた紅茶を飲む。
いい感じに飲みやすい温度。
チラッと時計を見れば、もうすぐ10時になる。
「……あのさ」
「ん?」
赤葦が改まって私に話しかける。
けれど、中々何も言わない。
「どうしたの?」
「あ…えっと……。
そろそろ帰ろうかな……。」
「あ、そうだよね。
もう10時だもんね。
ごめんね、長々と引き留めて。」
「いや、全然。
俺こそ色々ご馳走になっちゃって。
美味かった。」
「それは良かった。」
赤葦はブレザーを着て、スクールバッグを肩にかける。
……ああ、もう帰っちゃうんだな。
「…じゃあ、気をつけてね。」
玄関で靴を履く赤葦の背中を見るの、ちょっと嫌だ。
「うん。
……浴西。」
「ん?」
振り返った赤葦は、私の頭をポンポンと撫でる。
「…え?」
突然のことでびっくりした。
大きな手からは、赤葦の体温が伝わってくる。
暖かい。
「もっと自分のこと、大事にしてやって。」
「……。」
「じゃあまた明日。
ちゃんと戸締りしてね。」
そう言って出て行く赤葦。
ドアがガチャンと閉まると、私はペタッとその場に座り込む。
この空間から赤葦がいなくなって。
なんだろう、この気持ち。
……寒い。
リビングに戻る。
さっきまであんなに暖かかったのに……
……そっか。
暖かかったからか。
だからこんなに寒く感じるんだ。
今まではこんなに寒く感じることなんてなかったのに。
「……早く…寝よう…。」
食器やマグカップはそのままに、化粧だけ落とす。
そして私は、ベッドに潜り込んだ。
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