今までの時間


目を覚ますと、目の前には広い胸板。

「…………」

そのまま視線を上げていくと、スヤスヤと寝息を立てるクロ。

……そっか。

色々と思い出した。
クロとの交わりと、その後私が気を失ったこと。
薄暗い部屋。
時計を見れば早朝4時を少し過ぎたところだった。
体のベタつきが気になってシャワーでも浴びようかと体を起こそうとするが、クロによってがっちり腰がホールドされているせいでそれは叶わなかった。

どうしよう……。

仕方がないので少しずつ腕を解いていき、自由に動けるようになった頃、クロの目はしっかりとコチラを見ていた。

「どこいくの?」

「び、びっくりした…。」

「おはよ。」

「おはよう…。」

で、どこいくの?と続けるクロにシャワーを浴びたい旨を伝えると、なるほど。とクロは頷く。

「…あの、」

「なに?」


「離して?」


クロは頷いてくれたのに、何故か離してはくれなかった。

「なんで?」

「なんでって…シャワー浴びたいんだってば。」

「ふーん。」

「ちょ…クロ。」

離すどころか、むしろその腕には力が入る。

「なんで離してくれないの?」

右手でクロの頬に触れてみる。
ヒゲが少し伸びているのか、ザラザラと刺さるような感覚。
ヒゲが濃い男は好みではないけれど、不思議と嫌な感触ではなかった。
その感触を味わっていると、クロの左手によってその動作を封じられる。

「くすぐったい。」

「クロが離してくれないからでしょ…。」

「……。」

「なに?」

クロはニヤリと笑う。

「今日は『鉄朗』って呼んでくれねーの?」

「あ、あれは…」

確かに昨日はその時の勢いで名前で呼んだ。
でも、本来の幼馴染という関係と昔からの呼び名を踏まえると、なんだかそのまま名前で呼ぶのは改まって呼ぶようで少し恥ずかしかった。

「別に…いいでしょ…。」

「別にいいケド。」

「とにかく、離して。」


「離したらお前いなくなっちゃうから、だーめ。」


「…は?」

クロは力を緩めないまま、再び寝息を立て始めた。
いくら何でも自分の家から急にはいなくならないよ…。寝ぼけてる?
思わずため息が漏れる。
シャワーを浴びるのを諦め、仕方がないのでもう1度眠ることにした。












黒尾が再び目を覚ますと、時刻は5時半になるところだった。
その腕の中にはスヤスヤと寝息をたてる幼馴染。
その状況に、思わずにやけてしまう。


柚瑠と研磨が小学5年生、黒尾が小学6年生まで柚瑠は近所に住んでいた。
放課後は3人で過ごすことが多く、互いの家もよく行き来していた。
当時、黒尾は密かに柚瑠への恋心を抱いており、話したことはなかったけれど、恐らく研磨も同じであった。
しかしどんなに仲のいい3人でも、学年ばかりはどうしようもない。
同い年の柚瑠と研磨が羨ましいと思ったことは何度もあった。

2人が5年生になり、それは初めて同じクラスになった年だった。
夏休みがそろそろ終わるという頃、柚瑠の祖母が亡くなった。

母親の元で暮らしている

それしか知らされることのなかった幼馴染は今、自分の腕の中にいる。
そう思うと、黒尾は優越感に浸っていた。
けれどまた、腕を緩めたらどこかに消えてしまいそうで、
自分達の知らないところに行ってしまいそうな気がした。


「お願いだから、もういなくならないでくれよ…。」


そう、誰に聞かせるでもなく呟けば、柚瑠の額にキスを落とした。



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