双子家のアキチャン


「んがわぃぃぃいん…!」

「……どうしたなまえ。」

講義前、一段下の席に座っている荒北なまえの口からよくわからない叫び声が聞こえた。

「ウッセ!」

俺の隣に座る荒北靖友はなまえにそう告げる。

「だって靖友!
これ見て!!
これ見た後でも同じこと言えんのォ!?
金城もほら!」

なまえにスマホを見せられる。
開かれている画像は1匹の犬。
ゴロンと原っぱで横になっている。
……まあ、確かに可愛らしいが…。
どう反応したらいいのかわからず、隣の荒北を見る。
すると荒北はその画像を見ながら口を押さえている。

「…アキチャン…。」

そしてボソッとそう呟いた。
アキチャン、その名前に聞き覚えがあった。
確か荒北のアドレスの…

「お前達の家の犬か?」

なまえはコクコクと何度も頷く。
荒北はまだ口を押さえている。

「アキチャンかわいいでしょ!?
こんなアキチャン見せられたら嫌でも叫んじゃうよ。」

「これは仕方ないな。」

荒北も1度、大きく頷く。

「早くアキチャンに会いたい……。」

「もうすぐ夏休みだけれど、お前達はいつ帰省するんだ?」

「私らは靖友が休みに入ってからだけどォ…。
それいつ?」

「あー…盆だなァ。」










「うー!
やっと新宿駅!!」

俺は荒北兄妹と一緒に静岡からバスで新宿までやってきた。
一緒に戻ってきた理由はなまえ曰く、3人の方がお得だからだそうだ。

「高速バスって結構疲れるよねェ。
あ、ごめんねェ靖友。
私のチャリも持たしちゃって。」

「別にいいよォ。
他の荷物お前持ってるし。」

荒北は袋に入れた自転車を2台。
なまえは2人の何日か分の服を詰めたらしいキャリーケースをガラガラと引いている。

「じゃあね金城、また来週?かな?」

「なまえも一緒に向こう戻るのか?」

「うん。
別々だと靖友寂しがっちゃうからね。」

「バァカ。
そりゃおめェだろ。」

「違いますゥー。」

「じゃあ。」

「うん。じゃあねェ。」
「じゃあまたなァ。」

俺はJRの改札、2人は小田急線の改札へ歩いて行った。










「ただいまアキチャァァァン」

家に着くなり、持っていた荷物を放り出して走っていくなまえ。
靖友はハァとため息を吐いた。


「オメェ荷物捨ててんじゃねーよ!」

「ウッセ!
アキチャンだぞ!
ひっさしぶりのアキチャンだぞ!!
アキチャン!!」

なまえはアキチャンと呼ばれている犬を抱き上げる。
久しぶりに靖友となまえを見たアキチャンは、嬉しそうにパタパタと尻尾を振る。

「アキチャン可愛いなァ。
ホラ『なまえチャンおかえり』って言ってるよ!」

「バァカ!!
『靖友おかえり』に決まってんだろバァカ!」

「バカはお前だバァカ!」

「ッセ!バァカ!」

「バァカ!」

「バァカ!」

「バァカ!」

「バァカ!」


「あんた達いい加減にしなさい!!!」


2人は母親に叱られた。





「アキチャン!
お散歩行こーねェ!」

帰省2日目、靖友は自転車を走らせ、すでに家を出ていた。
なまえはアキチャンの首輪にリードを付けると、家を出た。

「靖友、何処まで行ったんだろうねェ。」

アキチャンはヘッヘッと息をしてなまえの隣を歩いている。

「オールラウンダーだからね、きっと坂も登ってるよ。」

あまり車の通らない道がある。
そこにはベンチがあって、いい感じに日陰になっている。
そんなところで誰が休むのか知らないけれど、自販機もある。

「アキチャンちょっと休もうか。」

今日はそこでなまえが休むことになった。
きっとそのように色々な人がちょっと休憩するのにちょうどいいのだろう。
なまえはベンチに座り、そこにリードを引っ掛ける。
そしてアキチャン用のお水を準備してアキチャンにあげる。
暑さで喉が渇いていたのか、アキチャンはペロペロと水を飲む。

「美味しい?
私もなんか買おーかな。」

なまえはそう言うと、スポーツドリンクを2本買った。
自分の分と靖友の分。
なまえはなんとなく、靖友がここに立ち寄る気がしていた。


「アァ?
お前どうしたんだァ?」


案の定、5分も経たないうちに靖友がやってきた。

「ここ来そうな気がしたんだァ。
はいこれ、あげる。
そろそろドリンクないでしょ?」

「おー。
ありがとネ。」

靖友はほとんど空になったボトルを飲みきると、そこにスポーツドリンクを入れる。

「水いる?
アキチャンのだけど。」

「……いらないかなァ。」

「冗談だよ。
靖友も休んでけば?」

「いや、いいヨ。」

靖友は再び自転車に跨る。

「そっかァ。
ま、むりしないでネ。」

「あいよ。
あんがとネー。
アキチャンもネ。」

靖友はアキチャンを撫でると自転車で走り出した。










「見て見て金城!
アキチャンかァわいいのォ!!」

夏休み明け、またなまえは俺にアキチャンの写真を見せてくれた。
荒北もなんだかんだホクホクとして見ている。

「便所行ってくるゥ。」

荒北がトイレに立つと、なまえが俺をちょいちょいと手招きする。

「靖友がいないうちに可愛い写真見せてあげる。」

なまえが写真をスクロールする。
荒北に見せないあたり、どれだけアキチャンのいい写真が撮れたのだろうか。

「これ。
靖友にはナイショネ。」

ニッと笑うなまえ。
そこに写っている写真は荒北だった。
しかも寝ている。
黒いタンクトップ姿で右手は腹を掻いている。
そして反対側の腹を枕にして眠るアキチャン。

思わずフッと笑いが漏れた。

「これ、ナイショだからね!」

「ああ、わかった。
いい写真だな。」

「デショ?」

そのあと荒北が戻ってくると、代わりになまえがトイレに立った。
その様子を見送ると、今度は荒北がこっそりと俺に話しかける。

「金城におもしれー写真見してヤンヨ。」

「なんだ?」

先程のなまえのように画像をスクロールする荒北。
そして1枚の写真を見せてきた。
その写真に写るなまえはクッションでうつ伏せになっていた。
恐らく眠っているのだろう。
そしてその背中を枕にして眠るアキチャン。

「アキチャンに枕にされてんだゼ?」

ゲラゲラと笑う荒北。

「あ、これ、なまえに言うなヨ?」

「…ハハ!」

「な、なんだよ…金城ォ…。」

流石双子だな。
思わず声を出して笑ってしまった。

福富の言っていた通りだ。
この2人は面白い。



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