単細胞でバレー馬鹿


「いっせーくん!
なにやってるの?」

「これ?
バレーボール。
お前もやる?」

「やる!!」

今思えば、これが私の原点だった。















ダァン!!!


地響きのようなボールの音と


ピッ!


耳を劈くみたいなホイッスル



「ッッシャァァァアアア!!!!」



そして女子とは思えないこの雄叫び。
ああ、この瞬間が1番気持ちいい。



青葉城西高校女子バレーボール部3年、エーススパイカーとはこの私!


「みょうじなまえ様じゃぁぁあ!!!」


吼える。
そして

「止めなさい。」

キャプテンの田沢にポカッと叩かれる。

「痛い!」

「煩い。
ほら、整列。」

ダダダッとネットを挟んで整列する。
そして挨拶。

「ありがとうございました!!」

2-0。
青城のストレート勝ちだった。
でもだめだ。
まだまだ足りない。





「お疲れー。」

部活終了後、男子が使っている体育館を覗く。
男子の方も部活動自体は終わっていて、残っているのは自主練のいつもの面子。

「なまえちゃん今日も来たんだねー!」

最初に私に気がつくのはいつも及川。

「まっつーん!なまえちゃん来たよー!」

そして絶対に一静を呼ぶ。
奥で自主練に打ち込んでいた一静はわざわざこっちに来てくれた。

「今日も来たんだ。」

「うん。
いい加減体育館締められないから自主練するなら男子の方でしろって監督に言われて。」

「なんだそれ。」

ははっと笑う一静。
ほぼ生まれた時から知ってる同い年の一静。
所詮幼馴染みというやつだけれど、何時の間にこんなに色気が出てきたのかがサッパリ分からない。
ほとんど同じように生きてきたのに、私達。

「で?
今日は何やるの?」


「うん!
3対3しよ!」


「3対3って……。
俺ら4人だし、お前足しても5人なんだけど…。」

一静は呆れ顔。
いや、いくら私がバレー馬鹿だって足し算くらいは出来る。

「ちゃんと連れてきたから。
田沢を。」

外で体育館の壁に寄りかかる田沢。
手招きをすればため息をついて私の隣へ。
人数は揃った。

「やろ!3対3!
及川ー!!岩泉ー!!花巻ー!!」

3人に提案すれば了承してくれた。
田沢はセッターだから、田沢と及川を中心にチームを分ける。
田沢チームに岩泉と花巻。
及川チームに私と一静。

「ネットの高さはどうする?」

「うん?
いいよ、このままで。」

「え、本当に?」

そんなに跳べる?と及川に聞かれる。
じゃあ一応試してみよう、とのことで及川にトスを上げてもらう。


ダァン!!!


「いけた!!」

「……いけたネ。」

「大丈夫!
ちゃんと打ち分けも出来る!
田沢はこれで大丈夫?」

「大丈夫、いけるよ。」

田沢の了承もとれたところで、3対3を始めた。



「なまえちゃん!」

「っしゃぁ!!」

及川からトスがくる。
いい感じの高さ。
それを思いっきり打つ。

けれど


ドカッ!


鈍い音がして、ブロックされる。
そのボールは繋がれることなく、すぐ目の前にボールが落ちる。

「くっそ!!」

1枚ブロックだったのに!!

「抜けない!!」

「女にやすやす抜かれてたまるか!」

「くっ…!
岩泉ぃぃい!!!」

悔しい!!

「ドンマイドンマイ!
切り替えてくぞ!」

一静にポンと頭に手を置かれる。

「わかってる!」



またお互いに何点か入り、今度は向こうのチャンスボールだった。

「なまえちゃん!
ブロックするよ!」

「おっけ!!」

及川と2人、花巻の前でジャンプする。

パンッ!!

なんかいい音した。
花巻の打ったスパイクは、私の手のひらに当たって弾ける。

「まっつん!!」

「あいよ。」

私の弾いたボールは、一静によって拾われる。
それから、結局25-16で私達が負けた。

「くやじぃぃ!!」

「まぁまぁ。」

帰り道、及川に慰められる。

「こればっかりは男と女で仕方ねぇだろ。」

岩泉がハァとため息をつく。
わかってる。
わかってるけど、悔しいものは仕方ない。

「そうだよなまえちゃん、岩ちゃんの言う通り。
いくらなまえちゃんがメスゴリラでも男の力とは…」

「おいまて及川。
お前今なんつったよ。」

ペロッと舌を出し、逃げ出す及川。

「おいコラ待てや!」

「待たないよー!」

「てめ!マジこのクソ川!!!」


一通り追いかけっこをすると及川は岩泉に、私は田沢に叱られて終了。

「じゃーね!」

私がみんなに手を振ると、みんなからもそれが返ってくる。
バイバーイとか、また明日ー、とかそんな感じの。
そして

「ねー、一静。」

「ん?」

幼馴染みの一静だけは、私の隣を歩く。

「帰ったらレシーブ練付き合って。」

一静の家とはお隣同士。
だから昔からしょっちゅう一緒に遊んでた。
今も一緒にバレーしたりゲームしたりと、一緒にいることが多い。

「だーめ。」

いつもは付き合ってくれる一静に、断られた。

「なんで!?」

「なんでってお前、もうオーバーワーク気味だから。
インターハイで指くわえてみてるだけなんて嫌でしょ?」

…たしかに。

「…練習我慢する。」

「イイコ。」

ぽんぽんと頭を撫でられる。

「今日上から見てたよ。」

「なにを?」

「練習試合。」

「……ああ。」

確かに勝てたけど、全然だめだった。

「凄かったじゃん、なまえ。」

「……そんなことないよ。
レシーブはまだまだ甘いしブロックだって。
いくらスパイクが打てたってレシーブで繋げなかったら意味がない。」

「お前、意外とストイックだよね。」

「そうかな。
単細胞だって言われるし、自分でもそう思うんだけど。」

「これだけ色々考えてるのに単細胞なの?」

「単細胞だよ。
だって、バレーのことしか考えられないからね。」

「…そっか。」

私達は、もう家の前まで来ていた。

「一静、じゃあ明日。
明日は練習付き合ってね。」

「わかった。
なまえがやりすぎなければね。」

「…気をつける。」

じゃーねと手を振る。
お互いの家の前で。











「打倒新山女子。」

私達のチームは強い。
けれど、毎年毎年立ちはだかる壁。
それが女王と呼ばれ、宮城代表に君臨し続ける新山女子高校バレー部。

でも今年こそは。
最後のインターハイこそは絶対に勝つ。

予選、準々決勝。
その相手が女王、新山女子だった。

「「「よろしくお願いします!!」」」










私は玄関のドアを開けると階段をのぼる。
もう何度も何度も来ているその家。
そして階段を登った目の前にある部屋の前へ。

ガチャっとドアを開ける。

そこにはやっぱりいた。

「どうした、なまえ。」

「いっせぇ……。」

ズッと鼻をすする。
一静は、酷い顔、なんて言って笑うと、私を手招きした。

「いっせー!!!」

一静にギュッと抱きついて胸に顔を埋める。
コアラみたいだな、なんて言いながらぽんぽんと私の背中を優しく撫でる。
一静の優しくて大きい手。
ボロボロと涙が溢れて止まらなかった。

「ううぅ…!!」

私の口から出るのは唸るような声。

「ま…まげだぁ…。」

「…そっか。」





ピッと鳴った無機質なホイッスルの音。
ワッと盛り上がる会場とは対照的に、さも当然の様な女王。
クソッ!
クソッ!
クソッ!!

悔しい!
あんなに練習したのに!

女王の壁はどれだけ高いんだ……!

整列をして、挨拶をする。
そのあと、応援してくれた人達にお礼を言う。

最後のインターハイは終わってしまった。
悔しい。
本当に悔しい。

から…春高は最後のチャンスなんだ。
女王を女王の座から引きずり下ろすための。
だから…

「練習しなきゃ……。」

そこだけが、言葉に出てしまった。


「みんながみょうじみたいに切り替え早いわけじゃないの!」


そう私に言ったのはチームメイトで。

「みょうじは悔しくないの?
負けたんだよ?
なのにすぐ練習しなきゃってさ!」

「やめなよ!」

そう言ったチームメイトを止める田沢。

「みょうじが悔しくないわけないでしょ!
人一倍練習してさ!」

「そんなこと言ったっておかしいじゃん!
悔しいとも言わない!泣きもしない!
そんな次だ次だって切り替えられるわけないでしょ!!」


泣きながらそう訴えるチームメイト。
後輩もいて、みんないて。
私は悔しい悔しいと喚いたらいけないと思った。
エーススパイカーをやらせてもらって、悔しいと泣いても、仕方がないと思った。


「……私が無神経だった。
ごめん。」


1人で泣こうと思ってたのに、私の足は一静のところへ向かっていた。
昔からそうだった。
何か嫌なことがあれば、私は一静のもとへ。

そして、泣いた。





「わだじだっでぐやじいぃぃ!」

「うん。
わかってるよ。」

涙が止まらない。
そのせいで一静の着ていたジャージはすでにビシャビシャ。
でも嫌な顔1つしないで、優しく撫でてくれる。

「はるごうは絶対がづがらぁ!!」

「……うん、そうだな。
…俺も負けないよ。」

……俺も?

パッと顔を上げる。
私の顔を見て、ハハッと笑う一静。

「さっきよりも酷い顔だな。」

そう言いながら笑う一静の鼻と目は赤くて。


「……あーもうだめだわ。」


ポスッと、私の方に顔を埋める。

「ごめん……。
ちょっと肩……借りる……。」

肩が濡れる。
…そっか、私だけじゃなかったんだ。
一静もそうだったのに…。

「…ごめんね、私ばっかり甘えて…。」

「……ん。」

ズッと鼻をすする音。
一静からの返事はそれだけだった。












ガラッと体育館のドアを開ける。
私が先頭に立って、その後ろにはチームメイト全員。



「たのもーーー!!!!!」



そこにはアップをしている男子バレー部一行。
キョトンとした顔で私達の方を見ている。

「ど、どうしたのなまえちゃん…。」

及川が近づいてくると、私の前に田沢が立つ。

「女子バレー部から、男子バレー部に挑戦状を持ってきました。」

「は?」

「私達女子バレー部と練習試合をしなさい。」

「ちょ、ちょっと待って…!
意味がわからないし、そんなの顧問が許すかどうか…。」

「顧問の許可ならどちらにも取ってあります。
意味は特別にはなくて練習相手が欲しかったから。
ただそれだけ。」

「…そう。」


その後、男女両バレー部の顧問が入ってくる。
まあそういうことだからと、練習試合が始まる。


「任せたよ、エース。」

「うん。任せて。」


私はチームメイトを信じて跳ぶことしかできない。
単細胞のバレー馬鹿だから。



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