花起こしの雨 出張



トンットンットンッ

リズミカルに階段を上る音。
階段を上りきると、階段から三番目の部屋へ向かう。
すでに手に握っていた鍵をカギ穴に刺して回すと違和感。
その違和感はすでにドアが開いていることを示していた。

「もう帰って来てんのか?」

ドアを開けると、部屋と玄関を仕切る扉の向こうからテレビの音が聞こえた。
それと、トテトテと部屋を歩き回る音。

少し不思議に思いながらその扉を開ければ、その部屋の家主はせっせと荷物をキャリーケースに詰めていた。


「……何やってんの?」


木兎は首を傾ける。

「あ、光太郎くん。
光太郎くんっていつもこんな時間に来てたの?早くない?」

「今日は3限までしかなかったから……っていうか、なまえさんの方こそどうした?
こんな早く帰って来たことなくねぇ?」

家主である赤葦なまえは荷物をなんとかキャリーケースに詰めると、木兎の方を向き直す。


「明日から出張なの。」


木兎は驚いて丸い目を更にまん丸にした。


【花起こしの雨 宮城出張】


私は光太郎くんが高校卒業して最初に私のところに来てくれた時、気がつくとこの部屋の合鍵を渡していた。
彼は予想以上に喜んでくれて、学校が終わってアルバイトがない日、もしくはアルバイトの後に来るようになった。
今思った、毎日だ。
基本的に私が家に帰ると既に光太郎くんがいた。
だから私が先に家にいることもびっくりしたみたいだし、更に明日から出張っていったことで更にびっくりしたらしい。

「なんでまた急に!?」

「急…は急なんだけど、実は新人は研修も兼ねて1年以内に出張があることは聞かされてたからね…。
あともう大分前には知らされてたの。
言うの忘れちゃっててごめんね。」

「いやまあ…そっか。
なまえさん忙しそうだったもんな。
どこ行くの?」

「宮城に1週間。」

「宮城?
なんでまた宮城?」

「なんか来年?だか再来年?くらいに向こうに支社みたいなの作るんだって。
で、それの下調べみたいなもんね。」

私も実はよくわかってないの、と付け足す。
光太郎くんは「ふーん。」とわかったんだかわかってないんだかな返事を返す。

「そういう訳だから、1週間は私この家あけるからね。
来てもいいけど。」

「なまえさんさ、出張の後は普通に仕事あるの?」

「ん?
んー……。
んーん。
書類は向こうにいるときにまとめてデータ送っちゃうからね。
そのあと2日休み。」

「最終日って絶対その日に帰らなきゃだめ?」

「そんなことはないと思う。
帰りは特に指定されてないし。
なんで?」

なんで光太郎くんはこんな色々聞いてくるのか。
首を傾げると、光太郎くんはニッと笑う。


「俺も行く。宮城。」


………え?

今度は私がびっくりする番。

「な…え?なんで??」

「俺、そろそろ夏休みだし、折角だからなまえさんとどっか旅行とか行きたいなと思ってて。
だから仕事終わったら……だめかな?」


俗に年下彼氏というものは、こういう時に本領を発揮するものだと思う。
よく言えば甘え上手なんだ。
悪く言えばズル賢い。
私が姉、という立場だったのもあるかもしれないし、京治そんなこという弟じゃなかったから私にはこんな風にされた時の免疫がない。
だから私は光太郎くんのこれに滅法弱い。
むしろ甘えられたら嬉しいくらい。
光太郎くんがしょぼくれモードになるのだって可愛いと思ってしまう。

詰まる所、私は光太郎くんに激甘なわけだ。

「ううん。
ダメじゃない。
全然ダメじゃない。」

首を横に降る。
それに私も宮城観光したことないからしてみたい。
光太郎くんと一緒に回れたらきっと楽しいと思う。
…けど、一つ心配事がある。

「…でもそうなると1人で来ることになるでしょ?」

「まあそうなるな。
1週間分も旅費ないし、一緒に行くのはなまえさん達の仕事の邪魔だろ?」

ごもっとも。
でも


「危なくない?」


「……危ない…か?」

光太郎くんは自分の身体を見て、首を傾げる。

「違う違う。
誘拐とかそんな心配は全くしてないよ。
それは絶対…とは言い切れないけど大丈夫だと思うよ。
そうじゃなくて、時間とか迷ったりとかさ……。」

「あ、そっち?」

私は頷く。
さすがに185pもあって体格もいい男子のそういう心配はしない。
確かに2m超えのむきむき外国人に誘拐されないことが絶対ありえないわけじゃないけど……まあありえない。

「俺、そんな馬鹿に見えるの?」

「………。」

「……え。」

困ってる光太郎くん。
そんな彼もベリベリキュートなわけだけど、そんなことも言ってられない。


「……わかった。
じゃあ黒尾と行く。」


「あ、ほんと?」

「………おう。」

黒尾くんになら安心して光太郎くんを任せられる。
彼は解せぬ、みたいな顔してるけど仕方ないと思って欲しい。

「ごめんね、光太郎くん。
私、心配性で…。」

「いや、大丈夫。
確かにたどり着けなかったら元も子もないもんな。
行くまでもなかなか楽しそうだし。」

光太郎くんはそんなこと言いながらも、ちょっと元気がない。

「…ご……。」

ごめんね、って何回言ってもきっと平行線だ。
ごめんねって何回も言うくらいならもっといい言葉がある。


「光太郎くん。
私夏休みになったらちゃんと休み取るから。
そしたら最初から最後まで一緒に旅行しよう?」


ニコッと笑えば、光太郎くんにぎゅっと抱きしめられる。

「行く。
絶対行く!
約束だからな!」

「もちろん。」


光太郎くんは明日見送りしてくれるってことで、今日は家に泊まっていった。

翌日早朝
私と光太郎くんは一緒に家を出て、彼は家路へ、私は東京駅へ、それぞれ向かった。





東京駅で先輩達や同僚達と合流する。
そして3チーム程に分かれると、各々新幹線の中で説明を受ける。

「これから宮城に向かうわけだけど、各々のチームごとに役割が違うからな。
俺達は宮城のいくつか高校と中学に行ってアンケート取ってそれを元に資料つくって本社に送るから。
それで赤葦の担当はバレー部。
とりあえず大まかな動きはこんな感じだ。
ま、細いことはその都度指示するし、そんな大変な仕事じゃないから落ち着いてやれば大丈夫。」

「わかりました。」

私はスポーツ用品関係の仕事についた。
子供からプロまで、幅広く用品を扱っていて、競技も様々だ。
私は高校時代、バレーの強豪校でマネージャーをしていたこともあり、希望だったバレー関係の部署に配属された。

私は渡された資料に目を通すと、知っている高校もいくつかあった。

結構どこも強豪だなぁ、なんて思いながら目を通す。
ただ、白鳥沢がなかったのはちょっと残念。





宮城に着くと、北川第一中学や千鳥山中学等、最初に中学校を回った。

最初の3日間は中学校をまわり、残りの4日間で高校を回る。
今回の調査では中学生よりも高校生がメインなため、1日1校づつ当てられている。
……とは言っても、そこまでやることに大差はない。
だから先輩には、見学でもして時間潰して。それで時間になったら勝手に帰ってきて。と指示をもらっている。
雑すぎて指示なのかはよくわからないけれど。


4日目、伊達工業高校

案内され、体育館へ向かう。
先輩達は違う部活なため、別行動だ。
すでに部活は始まっていたが、私に気がついた1人の学生が寄ってくる。

「ちわ。
調査の人ですよね?」

「こんにちは。
はい。
ご協力ありがとうございます。
顧問の先生はどちらに?」

「ちょっと外せない用事があるみたいで。
一応先生から話は聞いてますんで、自分が対応させてもらいます。」

彼はペコッと頭を下げる。

「ご丁寧にありがとうございます。
私赤葦といいます。
本日はよろしくお願いします。」

「主将の二口です。
どうぞ、こちらへ。」

高校生なのにしっかりしてるなあ、と感心する。
何個か聞きたいことを二口くんに聞き、みんなに書いて欲しいアンケートを渡す。
すると二口くんはみんなを集め、アンケートを配りその場で答えるように指示する。
すごくテキパキとしている。

アンケートを書き終わった子から渡しに来てくれたけど、1人めちゃくちゃ大きい子がいた。
ちょっとだけ見た目も怖い。

「………。」

「え、えっと…?」

ズイ、とアンケート用紙を差し出される。

「あ、アンケートですね。
ありがとうございます。」

大きい子はペコッと頭を下げる。
ついつい私も同じように下げてしまう。

全員からアンケートを受け取ると、枚数を数えて確認する。

「全員分あります?」

「はい、大丈夫です。
ありがとうございました。」

みんな各々練習に戻っていった。
早速やることがなくなってしまった。

「あ、あの…。」

「はい?」

「もしよければ見学させてもらってもいいですか?」

「それも調査の一環ですか?」

「え…。
いえ……個人的に見たいからというか……。」

二口くんはキョトンとしてしまい、クスクス笑い出す。

「…あの」

「あ、すみません。
全然いいですよ、どーぞどーぞ。
じゃあすみません、自分練習に戻るんで何かあったらマネージャーに声かけてください。」

「あ、はい。
わかりました。
すみません、長々と引き留めてしまって。」

「いーえ。ごゆっくりー。」

二口くんはヒラヒラと手を振ると、コートの中へ戻っていった。

『伊達の鉄壁』

マネージャーの女の子が教えてくれた。
とにかくブロックが鉄壁。
スパイクを打っても打ってもブロックする。
全然ブレない。
すごい…!

私はつい、魅入ってしまった。
まるで始めて光太郎くんのスパイクを見たときみたいに。


「面白かったですか?」

部員の子達は片付けに入り、二口くんは私の方へやってきた。
結局最後までいてしまった…。

「ご、ごめんなさい。
最後までお邪魔してしまって…。」

「いえいえ。」

「あ、では私、そろそろお暇しますね。
本当、長々と失礼しました。」


「待って。」


腕を掴まれる。

「は、はい?」

まさか何か忘れ物でもしただろうか?
ああ、それはまずいわ。

すると、二口くんは体育館の扉の方を指差す。
もう外は真っ暗だった。

「……外が何か…?」

「真っ暗ですよ?
俺、送ってくんで待ってて下さい。」

「…は?」

「おーい!
体育館閉めるからもうみんな出ろー!」

「「「うーす」」」

二口くん全員が出るのを待つと体育館を閉める。

「じゃあこの辺で待ってて下さいね。
すぐ着替えるんで。」

「まっ!待って!
そんな高校生に送ってもらうなんて申し訳ないです!」

「気にしないでくださーい。」

「ちょっと!」

二口くん鍵をくるくる回しながら部室かな?の中へ入っていった。
流石に中まで付いていくわけにはいかない。
だからって先に勝手に帰ってしまうのは気がひける。
悶々としつつ、結局待つことにした。
そして5分も経たない内に、二口くんは部室から出てきた。

「ちゃんと待っててくれたんすね。」

「…流石に帰るのは気が引けたので。」

「どこまで帰るんすか?」

「えっと…駅まで…。」

「はーい。」

並んで歩く。
けれど話すことがない。

「……。」

「……。」

「……。」

「……この道、結構変質者多くて危ないんですよ。
今みたいに暑い時期だと特に。」

私の方をチラチラ見て、二口くんはそう言った。
気まずいのが私の表情に出てたのかもしれないし、二口くんも気まずかったのかもしれない。

「あ…そうなんですか。
ありがとうございます。」

「……。」

二口くんは会話が見つからないのか、ぽりぽりと頭を掻く。
二口くんは身長が高いけれど、なんでかあまり隣にいても違和感がない。

「…身長、何センチなんですか?」

「身長すか?」

意外そうな顔をした後、うーんと何かを考える。

「184センチちょっとだったと思います。」

あ、だからか。
光太郎くんと1センチ違いだ。
だからあんまり違和感ないんだ。

「なんでですか?」

不思議そうに首を傾げる。

「いえ、ちょっと気になったもので。」

「……そうですか。
あと別に敬語、使わなくていいですよ。
全然俺の方が歳下ですよね。」

「え…でも…。」

「いいっすよ。」

「…ありがとう。」

二口くん、多分モテるだろうな。
こうやって私のことも気遣ってくれるし、身長も高い。
しかも強豪バレー部の主将で顔だって整ってる。
非の打ち所がないとはこのことか。


「赤葦さんって彼氏いるんですか?」


急。

びっくりして思わず二口くんの顔を凝視してしまった。
目が合う。
笑った顔はやっぱり整ってる。
非の打ち所がないとはいっても、気になることはやっぱり高校生なのね。
そう思うと、思わず笑ってしまった。

「…なんで笑うんすか?」

「ううん。ごめんね。
なんで?」

「いや…だって赤葦さん美人だから…。
どうなのかと思って…。」

唇をツンと尖らす。
なんだかその仕草が可愛らしい。
それに、美人って言ってもらえるのは純粋にうれしい。

「どう思う?」

「うーん…。
やっぱり会社の人とか?大人の彼氏がいそうな感じはしますけど…。
いなかったら嬉しいなと思います。」

最後の言葉はちょっと引っかかった。
ケド…大人の彼氏……ね。

あはは、と笑ってしまった。

「…?」

「まあ…歳は二口くんより歳上かな。」

「……やっぱりいるんすか。」

はぁ…とわかりやすくため息をつく二口くん。

「…ん?いや、でも…。」

二口くんはそんなことを言いながら、うーんと何か考えた後、ニヤッと笑った。


「もっと若い彼氏、なんでどーすか?」


「ふふ、ごめんね。
私の彼氏、十分若いの。」

苦虫を潰したみたいな顔をする二口くん。

「……失礼ですが赤葦さんはお幾つですか?」

「今年23になるよ。」

「23も十分若いですけどね。
じゃあ20歳とかの彼氏ですか?」

「ううん。」

「今年20歳で今19とか?」

「おしい。
今18歳。」

二口くんの歩みが止まる。

「は!?18!?
俺の一個上ってことっすか!?」

「うん、そうなるね。」

「まじすか……。
あ、身長とか…!」

「185センチある。」

「……。」

「あとバレー部の主将もやってたし、全国で五本の指にはいるエースって呼ばれてたよ。」

「……はい、すみません。
ん?全国で五本の指に入るエース……。
どこ高校ですか?」

「梟谷。知ってる?」

「梟谷梟谷梟谷………あ!
もしかして木兎…?」

「そう!
よく知ってたね。」

「マジかよ……。」

彼氏自慢みたいになっちゃって、私も大概大人気ない。

「ごめんね。
あ、でも二口くんの方が大分大人っぽいと思うよ。」

「あ、そーなんすか?
じゃあまだワンチャンあります?」

「うん、ないかな。」

そんな話をしている間に、駅に着いた。

「二口くん、ありがとう。」

「いいえ。
じゃあ不慣れだろうし、気をつけてくださいね。
そんで彼氏さんと何かあったら俺んとこ来てください。」

「もー。
そんなことないです。」

「じゃ!
サヨーナラ!」

「うん。さよなら。」

二口くんを見送ると、私はタクシー乗り場へ向かった。
タクシーの運転手さんにホテルの場所を伝えると、私はすぐに眠ってしまった。









5日目 条善寺高校

「俺!照島遊児っていいます!
赤葦さんの下の名前なんて言うんですか!」

「…なまえ…です…。」

「なまえさんは彼氏いますか!」

「えっと…」

「いてもいなくてもいいので付き合ってください!!」

条善寺高校の子達は勢いが凄い。
もうむしろ怖いくらい。

「す!すみませ…!
先輩方!練習に戻ってください!」

マネージャーの子が、一生懸命助けてくれた。

「すみません、ありがとうございます。」

「い、いえ…。
こちらこそすみません…。
皆さん常にあんな感じで…。」

常にあんな感じ…。

さっきまで私に群がってた子達は、今はずっと2対2をしてる。
…え、2対2?

「いつも2対2でゲームしてるんですか?」

「はい。
基本練習が終わったらずっとやってます。」

「へぇぇ…。」

凄いな、と感心する。
3対3でもいつもより動く量が増えるっていうのに、1人減ったらさらに大変だろうに。


「フゥー!!!
もう一本!!
目一杯遊ぶべ!!」


主将の照島くん。
何だかあの感じ知ってる。
そう、光太郎くんだ。
光太郎くんのテンションと似てる。
エンカウントさせたら結構気が合うんじゃないだろうか。

昨日の反省を元に、今日は暗くならないうちにお暇することにした。
帰る前、照島くんにアドレスやら番号を聞かれたが、なんとか振り切れた。よかった。










6日目 青葉城西高校

「はじめまして、赤葦と申します。
本日はよろしくお願いします。」

自分の名刺を渡す。

「ご丁寧にありがとうございます。
自分はバレー部コーチの溝口です。
こちらこそよろしくお願いします。」

私も名刺を受け取る。

「では体育館にご案内しますね。」

「はい。」

溝口さんについて体育館へ行く。
流石私立高校だけあって広い。
梟谷より広いかもしれない。

「今日はこの前卒業したバレー部のOBが来てていつもより騒がしいんですが大丈夫ですか?」

「あ、全然お気遣いなく。
むしろその方達にも色々お聞きしたいくらいです。」

「ああ、そういう事でしたら聞いてやって下さい。
そういうこと大好きな奴も今日来てると思うんで。」

「?」


体育館に着く。
第3体育館という看板がかかっている。
大きい。

中に入ると、たくさんの部員がいた。
そして、1人の子が寄ってくる。


「うわ!
え?溝口くんの彼女!?」


「溝口くんって呼ぶな!
あと彼女じゃねぇよ!
おーい!ちょっと集まれ!!」

溝口さんはその子のことを一蹴すると、全員を集めた。
その一蹴された子可哀想だな、なんて思うと目があった。
その彼がニコッと笑うと、なんだかモデルさんみたいだ。
それで後頭部をツンツン頭の子に殴られてる。
ああ痛そう……。

その間に、溝口さんは私の紹介と色々説明をしてくれて、すごくスムーズに事が進んだ。

「溝口くんの彼女かと思ったのに。」

「及川いい加減にしろ。
あと赤葦さん、こいつらに聞きたいことあります?」

「じゃあいくつかいいですか?」

「どうぞどうぞ。
もし現役の奴の方がよければ言ってください。
適当なの紹介するんで。」

「ありがとうございます。」


私はOBだという子達4人と、体育館の隅に行く。

「改めまして、私赤葦といいます。
よろしくお願いします。」

「元主将の及川です。」

「岩泉です。」

「花巻です。」

「松川です。」

全員、大学1年生らしい。
そして及川くんと岩泉くんは大学が同じなんだとか。

いくつか聞きたい事が聞け、それをみんなは十二分に答えてくれた。
ありがたい。


「で、赤葦さんは彼氏とかいるんですかー?」


……またか。

「おいやめろ及川。
すみません。」

岩泉くんはゴンと及川くんを殴る。
痛そう。
花巻くんと松川くんはケラケラ笑っている。

「えー、なんでよー。
マッキーとかも気になるデショ?」

「うーん。
まあ気にならないって言ったら嘘になるかな。」

「まっつんは?」

「まぁねぇ。」

「ほらほらぁ。
聞いた?岩ちゃん。」

うぐっ、と言葉に詰まる岩泉くん。
私も思わず苦笑いしてしまう。

「で?彼氏いますか?」

キラキラとした笑顔で聞いてくる及川くん。
別に隠す必要もないし、どう思う?なんてわざわざ言う必要もない。

「一応…はい。」

「えー。
なんだぁ…。」

ため息をついて肩を落とす及川くん。

「彼氏の年齢は?」

「お前ほんといい加減にしろよ。
赤葦さん困ってんだろ?
すみません。」

「いえいえ。」

「えー!
いいじゃないですかー。」

ぶーぶー言う及川くん。
もう正直私も面倒になった。

「みなさんと同い年ですよ。」

全員の動きがピタリと止まる。


「え!?ほんとに!?」


驚いたのは及川くんだけじゃなかった。
花巻くんも、松川くんも、岩泉くんでさえも驚いていた。
まあ…そりゃそうか。

「はい。
だから今、大学1年生ですね。」

「バ、バレー部だったんすか?」

まさか岩泉くんに聞かれるとは思ってなかった。
なんかみんなポカンとした顔してて、面白い。

「バレー部でした。」

「高校は?」

「東京の梟谷高校ってとこです。」

「梟谷。聞いたことあるな。」

「もしかして、エース…ですか?」

及川くんは光太郎くんのこと知ってるのかもしれない。
というか、多分知ってる。

「はい。」


「木兎光太郎?」


「はい。」

知ってる及川くんもすごいけど、こんなに離れた東北の地で名前を知られてる光太郎くん、どんだけなんだろう。
凄いな、光太郎くんは。

「木兎って……あれか、髪立ててる奴。」

「ぷ。
岩ちゃんも人のこと言えないけどね。」

「んだとコラ!
このクソ川!」

「ヒドイ!!」

2人の喧嘩…というより岩泉くんの一方的な罵倒が始まってしまった。

「すみませんね、うるさくて。」

松川くんと花巻くんは慣れた様子だ。

「い、いえ…。
止めなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。
いつものことなんで。」

「は…はぁ…。」

そのあと、2人は溝口さんに叱られた。
そして私が帰る時、4人は私を送ってくれた。
及川くんと岩泉くんのやり取りを見てるだけで結構面白かった。










最終日 烏野高校

実は烏野高校のことは知っていた。
なぜなら私が高校生の時、学年は違ったけれど彼がいた。

『小さな巨人』

が。
それでテンションが上がったのもあり、予定時間より早く来てしまった。
聞くと、どうやら顧問の先生は担任を持っていないらしく、HRの時は時間があるということなので先にご挨拶した。


「はじめまして。私赤葦と申します。
本日はよろしくお願いします。」

名刺を渡す。

「赤葦…さん?」

「?はい。…何か?」

「あ、いえ、失礼しました。
僕は武田と申します。
烏野高校バレー部の顧問をしています。
よろしくお願いします。」

私も名刺を受け取る。

「まだ時間もありますので、ゆっくりしていてください。」

「ありがとうございます。」

武田先生の隣に座る。

「…あの赤葦さん。」

「はい、何でしょう?」


「高校生の弟さん、いらっしゃいませんか?」


「え?
い、います。」

「もしかして、梟谷高校のバレー部ですか?」

「!!
そ、そうです!
え?どうして?」

「やっぱりですか。」

武田先生はにっこり微笑む。
なんだか安心する笑顔だ。

「どうして京治のことご存知なのですか?」

「赤葦さんはどちらの高校ですか?」

「?
梟谷高校のバレー部でマネージャーしてました。」

「そうですか。
では話は早いです。
烏野高校は実は音駒高校の猫又監督と縁がありまして。
猫又監督の計らいで去年、梟谷グループの合宿に参加させてもらったんです。」

「そんなことがあったんですか。」

「はい。
夏休みあたりからですかね。」

夏休みっていえば、まだ春高前だから光太郎くんもそこにいたはずだ。

「そんなこと、京治も光太郎くんもちっとも教えてくれなくて…。」

「光太郎くん?」

「あ、光太郎くんじゃなくて木兎…あ……いえ、なんでも…。」

ハッとしてももう遅い。
武田先生は一瞬キョトンとすると、すぐにまた笑顔に戻る。

「なんとなく事情がわかりました。
いい子ですよね、木兎くん。
選手としても人としてもとても尊敬できます。」

「……ハイ。」

普通に考えて、光太郎くんの名前が私の口から出るはずがないじゃないか。
特別な事情がない限り。
ああもう……恥ずかしい…。

「明日、この前卒業した子達が来てくれるのですが、一緒に黒尾くんと木兎くんも来てくれるそうです。
そういう事だったんですね。」

カァァと顔が赤くなるのがわかる。
穴があったら入りたい。
……というか、明日烏野行くなんて聞いてない。

「そろそろHRが終わる時間ですね。
体育館に行きましょうか。」

「はい。」

武田先生の後を歩きながら思い出す。

「そういえば烏野には『小さな巨人』がいましたよね。」

「そうですね。
ご存知だったんですか?」

「はい。
私が高校生の時、全国大会でみました。
学年は違いますが。」

「そうだったんですか。
実は僕もよく知らないんです。
僕が顧問になった時、以前の烏養監督は既に引退されてしまっていて。」

「そうなんですか。
確かにそれ以来、全国で聞きませんでしたね。」

「でも今コーチをしてくださってる方は、前監督のお孫さんなんですよ。
あいにく、今日は用事があって来られないみたいなんですけどね。」

「それは…残念です…。」

武田先生はハハハと笑う。
そしてここが体育館ですよ、と教えてくれた。
扉を開けると部活の準備をしている子達が何人かいた。
ちわっ!と色んな方角から聞こえる。
先生は、ある1人の子の方へ行く。
恐らくその子が主将なんだろう。

「赤葦さん、僕は一旦職員室に戻ります。
何かあれば主将の彼に聞いてください。」

「はい。
お忙しいところすみません。」

「いいえ。
ではごゆっくり。」

武田先生が体育館から出て行くと、大人しそうな子が私の方へ来た。

「ちわ。
主将の縁下です。」

「こんにちは。
赤葦と申します。
よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。
さっき先生から聞いたんですが、赤葦さんて梟谷の赤葦のお姉さんなんですか?」

「はい、そうです。」

「なんか凄い縁ですね。」

「確かにそうですね。」

縁下くんは武田先生と同じようにふんわりと笑う。
私も思わず笑顔になってしまう。

「まだ人が完全に集まってないのでちょっと待っててもらっていいですか?」

「はい。
すみません、早く来てしまっt


「「美女がいる!!!」」


後ろからドーンと衝突されたみたいな感覚。
もちろん実際衝突されたわけではない。
それだけの声量。
びっくりして振り返れば、坊主頭の子と、身長の小さなツンツン頭の子がいた。

「うるさいぞ、田中、西谷。
すみません。」

「い…いえ…。」

すごい勢いで近づいてくる2人。

「俺!田中龍之介です!
ポジションはWSで座右の銘は弱肉強食です!」

「俺は西谷夕です!!
ポジションはリベロ!!
座右の銘は猪突猛進です!!」

「「よろしくお願いしあーす!!!」」

すごい勢いの自己紹介の後、90°に近いお辞儀をされる。
どうしたらいいのかと縁下くんの方を向けば、先程の笑顔の子と本当に同じ人間かと問いたくなるほど冷たい目をしていた。
もちろん向けられているのは私ではない。

「…お前らさぁ…」

「「ヒィッ!!」」

2人から悲鳴が上がり、縁下くんは何か黒いオーラのようなものを纏ったみたいだ。
うん、絶対さっきの子とは別人。

今度こそどうしたらいいかわからなくなった時、「こちらにどうぞ。」と後ろから声がした。

「椅子、用意したので。」

いたのは長身のメガネをかけた子と、愛嬌ある笑顔のそばかすの子だった。

「あ、すみません、ありがとうございます。」

チラッと振り返ってみれば、田中くんと西谷くんは正座をさせられて縁下くんに説教されていた。

「いつもあんな感じなんで気にしないでください。」

メガネの子にそう言われる。

「あ…そうなんですか。」

いつも…。
大変だろうな、縁下くん。
とりあえず用意してもらった椅子に座る。

「…あの、さっき聞こえたんですけど、赤葦さんのお姉さんだって本当ですか?」

メガネの子に話しかけられる。
準備とか終わって暇なのかもしれない。

「あ、はい。
京治のこと知ってるんですね。
えっと…」

「月島です。
赤葦さんには色々お世話になりました。」

ペコッと頭を下げられる。
いえいえ、こちらこそ、なんて言ってみたけど、私が言っていいんだろうか。


「うぉぉ!!美女!!」


月島くんとともに、ビクッと肩が震える。
入ってきたのはオレンジの髪の身長の小さな男の子と、黒髪の男の子、そしてマネージャーだと思われる女の子だった。

「こら!日向!」

「ハ!ハイ!!」

縁下くんから発せられる異様な空気に気付いたのか、小さな男の子はピシッと気をつけをした。
そのお陰か、田中くん達のような事にはならなかったようだ。

それからまた何人かが集まってきて、全員揃ったみたいだ。
縁下くんの合図で全員集合すると、縁下くんは私の紹介をしてくれた。
赤葦という苗字でざわつき、京治の姉だというところで驚く。

「ではこのアンケートをお願いします。」

アンケートを配り、書き終わった人から渡してもらう。
最終日の今日も、あっという間に終わった。
今日は今までの分をまとめなければならないので、早めに戻る事にした。

「では私はこれで失礼します。
ご協力ありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございます。」

帰る前に、大事なことを忘れていた。


「あの、坂の下商店ってどこにありますか?」


「坂の下商店ですか?
それなら名前の通り坂の下です。
何か買うものとかあるんですか?」

「はい…い、あ、いいえ。」

「?」

縁下くんは困ったみたいに首を傾げる。

「す、すみません。
明日人との待ち合わせをしているもので。」

「ああ、そうなんですか。
ちなみに今日はいない烏養コーチがそこで店番してますよ。」

「そうなんですか?」

「はい。
職員室の場所わかりますか?」

「はい。大丈夫です。
ありがとうございます。」

私は体育館を後にして、職員室へ向かう。
武田先生に挨拶してから帰ろう。

「失礼します。」

「赤葦さん。
どうされました?」

「はい、アンケートにご協力頂けましたので、戻って今までの分を書類にまとめようと思いまして。」

「そうでしたか。
お疲れ様でした。
慣れない地で大変だったでしょう?」

「まあ…はい。
でも、いい経験になりましたし、若いパワーをもらえた気がします。」

「確かにみなさん、元気はすごくいいですからね。
明日はどうなさるのですか?」

「明日…。」

光太郎くんは黒尾くん達とここに来るらしい。
一応坂の下商店ってところで待ち合わせして一旦合流することになってるけど、その後私はどうしていようか…。


「もし赤葦さんがよろしければ、明日も来てください。」


「え?
いいんですか?」

「はい。
是非いらして下さい。」

「ありがとうございます。」

「いいえ。」

私は協力してもらったことの感謝をもう一度すると、烏野高校を後にした。
さっさと仕事を切り上げて、色々教えてくれなかった光太郎くんに文句を言ってやろう。










次の日

私は坂の下商店に向かった。
結構時間早いけど開いてるかな、なんて思って行ったらもうすでに開いていた。
地域に密着したお店って感じでいいな、なんて思った。
チラッと中を覗くと、誰もいない。
……あれ?


「何かご用ですか?」


急に後ろから声がして、びっくりして振り返る。
そこにいたのは金髪の髪をカチューシャで止めてるお兄さん。
ほんのりとタバコの臭いがする。

ど…DQNだ!!

「この辺じゃ見ねぇ顔だな…。
うちの店に何かご用ですか?」

え?
うちの店?
…ってことはまさか…

「…もしかして、烏野高校バレー部コーチの…烏養さん…ですか?」

「え?はい、そーですけど。」

マジか。

「えっと私、昨日まで宮城の高校幾つかでアンケート等させていただいてまして。」

「あー、はいはい。
その話は何となく聞いてます。
でも昨日までだったんすよね?」

「はい。
今日は個人的な用事と言いますかこのお店で待ち合わせをs


「なまえさん!!」


突然聞こえた大声。
そちらを見れば、見慣れた顔。
でも1週間も会わないと久しぶりな感じがする。

「光太郎くん!」

走ってくる光太郎くん。
その後ろには黒尾くんと、苦笑いの男の子3人。

「会いたかった!
なまえさん久しぶり!
烏養コーチもお久しぶりです!」

「え?なんでこんなところに木兎?
あと黒尾も?え?」

烏養さんは混乱しているみたいで、光太郎くんや黒尾くん、私の顔を順番にぐるぐる見ている。
まあそりゃそうだよね。
いるはずのない人が宮城にいるんだもん。

「お久しぶりですコーチ。
すみません、コーチにも伝わっているかと思って…。」

「澤村!
おい、どういうことだこれ。」

澤村と呼ばれた黒髪短髪の子は、苦笑い。

「俺もよくわからなくて…。
先週急に、『来週宮城行くから!』って連絡が来たんです。
それでせっかく来てくれるんだったらバレー部行くの誘ったんです。
武田先生にも許可もらったんで。
そしたら、待ち合わせしたい人がいるからいい場所教えて欲しいって。」

「なるほど、それでここか。」

烏養さんはハァとため息をつく。

「…こ、光太郎くんがすみません…。」

「いえいえ。
後輩でも結構問題児いたんで慣れてます。」

ここまでじゃないけど、なんて付け加えて澤村くんはため息をつく。
本当に申し訳ない…。
当の本人はヘイヘイ言いながら黒尾くんとアイスを眺めてる。
…本当に申し訳ないわ。

「まあせっかく来てくれたわけだし、木兎と黒尾が練習みてくれんのは部としてはかなりありがたいからな。
おーい!
アイス好きなの1個ずつ持ってっていーぞ!」

「「あざーす!!」」

「澤村達も好きなの持ってけ。」

「「「あざす!」」」

「あと…」

「あ、申し遅れました。
私、赤葦なまえと言います。」


「「「赤葦?」」」


ここでも同じ反応だった。
そりゃそうか。


「赤葦さん、梟谷の赤葦の姉ちゃんなんすよ。」


上から声が降ってきた。
アイスをかじってる黒尾くんが、いつの間にか後ろにいた。
4人ともびっくりしてる。
そりゃそうだよね。

「なまえさん、パピコ半分どうぞ!」

「あ、ありがとう。」

「烏養コーチ、すみません、便所貸して下さい。」

「あ、ああ、店の奥だ。」

「じゃあなまえさん、ちょっとの間残り半分も持っててもらっていいすか。」

「あ、うん。」

光太郎くんは店の奥へと消えていく。

「姉弟揃って木兎の世話か…。」

ハハッと苦笑いの烏養さん。
私も苦笑い。
まあ、京治と違って私は好きでやってるんだけどね。

光太郎くんが戻ってくる前に、名前を聞いた。
澤村くん、菅原くん、東峰くん。
全員光太郎くん達と同い年らしい。
そのあと光太郎くんが戻ってきてパピコを渡す。
他の3人もアイスを選んでいる。

「烏養さん。」

「ん?」

「私も一緒に行ってもいいですか?」

「ああ構わねえよ。
ちなみにバレーの経験は?」

「中学までバレーしてました。
高校からは梟谷でバレー部のマネージャーを。」

「そうか。
じゃあ申し分ねぇな。」

「ありがとうございます。
何かあればお手伝いしますね。」

「ありがとな。
じゃあちょっとバレー関係ねぇんだけど手伝ってもらっていいか?」

「はい。」

「わりいな。
澤村!
木兎と黒尾連れて先行ってろ!」

「はい。
じゃあ行こう。」

ぞろぞろと5人、歩いて行く。
私は烏養さんの後について、店の中に入っていく。

「これの袋詰め手伝ってもらっていいか?」

「わかりました。」

ダンボールに入っているものを個別に袋へ詰めていく。
こういった作業は嫌いじゃない。
黙々と作業をする。

「…なあ。」

「はい?」

似たような作業をしている烏養さんは、目線は手元に残したまま、尋ねられる。

「赤葦さんは木兎と歳近いの?」

「えっと……4歳差ですね。」

「4歳か。ほー。」

「?」

「いや、深い意味はない。」

「…そうですか。」





「ちわー!
繋心!俺も今日バレー部………彼女?」

勢いよく入ってきた人。
びっくりした。

「彼女じゃねーよ。」

「ふーん?」

「は、はじめまして。
私、赤葦なまえといいます。」

「はじめまして。
嶋田誠です。
なまえちゃんはなんで手伝いしてんの?」

「えと…烏養さんに頼まれて…。」

「うわ繋心最悪……。」

「ちげぇよ!!
ほんとはこれ、母ちゃんが昨日やっとくはずが忘れてたみたいでよ。
終わらせねーと部活見に行けねんだよ。」

「そうなんだ。
じゃあなまえちゃん、俺と先行く?」

「おいここは手伝う流れだろ。」

結局嶋田さんに手伝ってもらい、袋詰めを終わらせた。
高校へは烏養さんの車で向かうことになった。
先に配達を済ませてから行くらしい。

「なまえちゃんはさ、いつまで宮城にいるの?」

助席に座った嶋田さんは振り返り、聞かれる。
その体勢、キツくないだろうか。

「明日のお昼頃までですかね。」

「そっかー。
じゃあ今晩一緒に一杯どう?
あ、お酒好き?」

「好きです!いいですね!」

多分光太郎くんは黒尾くんと一緒。
だからいいよね。


「じゃあ俺、これ配達してくっから待ってて。」

「はいよ。」

烏養さんは車を止め、その目の前のお宅に入っていく。

「彼氏さんとかさ、芳乃ちゃんが他の男と酒飲むの嫌がらない?」

「あー……どうでしょう……。
あんまり外で飲まないんですよね。
普段仕事忙しいし。」

「ふーん。そっか。
じゃあ彼氏さんと宅飲み?」

「そうですね。
でも彼氏、まだ未成年なんで私だけですけどね、飲むの。」

「ふぅん。
そうなんだ。
どこに住んでるの?」

「東京です。」

「東京!
宮城には何しに?」

「昨日まで出張で。
今日からは彼氏もこっちきてゆっくりしようかなって。」

「ええ!
じゃあ部活なんて見に行かないで2人で観光とかした方がいいんじゃないの?」

観光…たしかに。
最初はそう思ってたけど、光太郎くん、バレー馬鹿だもんな。

そう思うと、笑えた。

「なまえちゃん?」

「ごめんなさい。
実は……。」

私は嶋田さんに光太郎くんのこと、最初は観光するんだと思ってたこと、でも光太郎くんはバレーやりたかったんだろうな、ってこと、全部を話した。

「すっごいバレー馬鹿。」

「本当ですよね。」

クスクス笑う。

「でも私、光太郎くんはバレーやってる姿が一番かっこいいと思うんで。」

「へぇ。
それは楽しみだね。」

「はい。」


そして話が終わったくらいに烏養さんが戻ってきた。
烏野高校に向かう。



「コーチ!ちわす!」

「「「ちわす!」」」


いろんなところから挨拶が飛んでくる。
いい子たちだなと思う。
光太郎くん達は練習着に着替え、高校生の子たちの面倒を見ていた。

「木兎さぁん!!」

身長の小さな男の子、確か日向くんと呼ばれていた。
その子がまるでボールみたいに光太郎くんの方へ飛んでいく。

「日向!!」

光太郎くんは日向くんの頭と顎をぐりぐりと撫でる。

「ちょっと身長伸びたんじゃねーか?チビちゃん。」

黒尾くんも日向くんの方へ向く。
日向くんは本当ですか!と目をキラキラ輝かせている。

「お!ツッキー!」

一通り日向くんを撫でていた光太郎くんは気が済んだのか、月島くんの方へ行く。
今度は光太郎くんがボールみたいだ。
そのあとを黒尾くんが続く。

「…げ。」

嫌そうな顔をする月島くん。
でも相手が先輩なせいか、変に拒否出来ないようだった。

「ツッキー元気だったか!」

「ツッキーブロック上達したか?」

「ツッキー眼鏡変わったよな!」

2人でツッキーツッキーツッキーツッキー。
月島くんもなんだか迷惑そうだ。

「やめてあげなよ。
月島くん困ってるでしょ?」

私が行くのもどうかと思ったけど、さすがにかわいそうになった。
月島くんから2人を引き離す。

「ありがとうございます。
助かりました。」

「いえいえ。」

「ちょっとツッキー!
どういうこと!!」

「じゃあ失礼します。」

月島くんは私に頭を下げると、スタスタと違うところへ行った。
2人はブーブー文句を言っている。
主に光太郎くん。
黒尾くんはニヤニヤ笑ってた。


「ぼ!木兎さん!」
「木兎さん!」
「木兎さん!」


「お?どうした?」

光太郎くんが呼ばれたんだけど、私と黒尾くんも振り返る。
そこにいたのは田中くんと西谷くんと日向くん。
ピシッと立っている。


「こ!こちらの美女!赤葦さんとはお知り合いですか!」


「ん?」

光太郎くんと目が合う。
すると光太郎くんは「おお。」なんて言ってニッと笑う。


「なまえさんは俺の彼女だ。」


「「「!!!!!」」」

3人はびっくりした顔をすると、私と光太郎くんの顔を交互に何度も見る。
黒尾くんはやっぱりニヤニヤ笑っている。

「木兎さん!!
どうしたら年上の女性を落とせるのでしょうか!!」

「お!
そういう話か!
うーん…そうだなぁ。」

田中くんと西谷くんは興味津々に聞いている。
私はなんだか恥ずかしくなってその場を離れた。


「大丈夫ですか?」


「つ、月島くん…。」

体育館の端っこに、月島くんがいた。

「赤葦さん、木兎さんの彼女だったんですね。
意外でした。」

「そ、そうかな。
確かに姉弟そろって木兎の世話してるって、烏養さんにも言われたけど…。」

「はい。
そうですね。」

月島くんは結構はっきり物事を言うタイプみたいだ。
向こうでは、光太郎くんが楽しそうに笑っている。

「…でも、光太郎くんと一緒にいると楽しいから。
それって、一番大事な事でしょう?」

「…そうかもしれませんね。」

照れ臭そうに顔を背ける月島くん。
思わず笑ってしまった。










「なまえさん!」

「ん?」

練習が終わり、光太郎くん達も着替え終わって出てきた。

「澤村達と飯食うんですけど、一緒に行きませんか?」

「え、でも私が行ったら邪魔じゃないかな?」

澤村くん達をちらっとみる。
久しぶりに会ったのだから、私なんかがいない方がいいんじゃないだろうか。

「全然。
気にしないでください。
コーチ達も来ますから。」

「あ、そうなの…。」

その後私がうだうだしていると、あれよあれよと言う間に飲み屋へと連れて行かれてしまった。
連れて行かれてしまったと言う割には、私もだいぶ飲み食いしたのだけれど。

「じゃあお前ら、気をつけて帰れよ!」

「先生!コーチ!ご馳走様でした!」

「「「したー!」」」

「おう。」

「すみません烏養さん、武田先生、私達までご馳走になってしまって…。」

「いいっていいって。
それより来てくれてありがとな。
木兎と黒尾もな。」

結局、烏養さんと武田先生にご馳走になってしまった。
私も社会人だというのに…申し訳ない。

烏養さんと先生と別れると、私達は全員同じ方向に歩く。
駅の方へ向かっている。


「じゃあ木兎、なまえさん、また明日。」


「え?」

途中、黒尾くんはヒラヒラと手を振る。
待ってどういうこと?

「黒尾は俺の家に泊まりますんで、また明日、駅まで連れて行きますね。」

澤村くんが説明してくれる。
それはつまり、光太郎くんと二人っきりということ…?

黒尾くん達4人は違う方へ歩いていく。
残された私と光太郎くん。

「じゃ、行こ。
なまえさん。」

「あ、うん。」

差し出された手。
私はその手を握って、2人並んで歩き出す。



「赤葦さん?」


聞き覚えのある声。
振り返ると、「あ、やっぱり!」なんて言ってニコニコと笑っている高校生。
彼は初日に行った伊達工業高校の二口くんだ。

「二口くん。」

「こんばんはー。赤葦さん。」

「こんな遅い時間にどうしたの?」

時計をみれば、もう11時を回っていた。
流石にさっきまで練習してましたって時間じゃない。

「塾ですよ塾。
一応俺も受験生なんでね。」

「ああ、そっか。そうだよね。
頑張ってね。」

「はい。
ありがとうございます。」

ニコッと笑った顔はやっぱり整っていて、綺麗な顔だなと思った。


「なまえさん。」


グイッと手を引かれる。
ちょっとふらっとしたところを手を引いた張本人である光太郎くんに受け止められる。

「光太郎くん…。」

光太郎くんはムスッとして機嫌が悪そうだ。

「あ、木兎さんですね。」

二口くんは笑顔を貼り付けたまま、光太郎に話しかける。

「そーだけど。
何で俺のこと知ってんの?」

「俺もバレーやってるんで。
梟谷の木兎光太郎って結構有名ですよ。」

「へぇ。
そりゃどうも。」

いつもだったら大喜びしそうなところなのに今日は機嫌が良くなさそうだ。


「じゃあまた。
なまえさん。
では失礼しますね、木兎さん。」


終始笑顔のまま、二口くんは人混みの中へと消えていった。


「なまえさん、あいつ、何?」


私たちも歩き出すと、ムスッとしたままの光太郎くんに問われる。

「私が最初に行った高校のバレー部の主将さんだよ。」

「ふーん。」

やっぱり不機嫌。
これはあれかな?


「……やきもち?」


どんな反応するかな?なんて思ったら、私の方に顔を向ける。

「…そうだけど?」

あんまりにもストレートだからびっくりした。

「自分の彼女が他の男と喋ってるの、嫌だ。
しかもなまえさんに明らか好意あるし。」

そんな風に嫉妬してくれるのが嬉しくて、笑ってしまう。

「何笑ってんの。」

「二口くん、いい子でさ。」

「はぁ?」

「ほら、顔もイケメンでしょ?
だから非の打ち所がない子だなって思ったの。」

「………。」

ムスッとしてるけどしょぼくれちゃうかな?


「でもね、私の一番は光太郎くんだよ。
絶対に。」


光太郎くんはびっくりしたみたいに固まっていた。
私は握っている手をさらにギュッと握る。

「でもやきもち焼いてくれるのは嬉しい。
だって、光太郎くんにとっても私が一番ってことでしょ?」

「なまえさん…!」

光太郎くんもギュッと握り返してくれた。
ちょっと痛いけど、気になるほど痛いわけじゃない。

そして急に早歩きになった。

「ちょ…、光太郎くん?」

「芳乃さん、早くホテル帰ろ。
俺限界。」

「……バカ。」


fin



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