続 花起こしの雨


「ま、待って!
光太郎くん待って!!」



私の顔の両隣に光太郎くんの腕。
私の腰の両隣に光太郎くんの膝。
そして私の背中は床にくっついている。
つまるところ今私は、光太郎くんに押し倒されているわけだ。

圧倒的に力の強い光太郎に抵抗すべく、私は両手で顎を押し返す。
力いっぱい。
人間の弱点は顎だって、昔聞いたことがあるしね。


「なんで!
……なまえさん、俺達何ヶ月付き合ってるんですか?」


「……えと……4…ヶ月…かな?」

それを聞いて「そうですよ」と悲しそうな顔をする光太郎くん。



どうしてこんなことになったかと言えば、それは1週間前……いや実際は4ヶ月前に遡る。

4ヶ月前から私は木兎光太郎くんとお付き合いをさせてもらうことになった。
ただ私は現在大学4年生。
一方の光太郎くんは高校3年生。
いくら自分が女とはいえ、18歳未満の高校生と付き合うことに抵抗がなかった訳ではない。
むしろ悩みまくったくらいだ。

結局はこう落ち着いたわけだけど、自分の中で超えてはいけない一線を引いていた。

それでここからは自分がバカなところだけど、何故か自分の引いた一線を光太郎くんも引いていると思っていた。
何故か。

私と光太郎くんの家はそんなに遠くない。
しかしそれは実家の話。
私は大学の近くで独り暮らしをしているため、光太郎くんと普段会うことはない。
電車を乗り継いで1時間半くらいなので、全く会えない訳ではないが頻繁に会うことはなかった。
お互い最高学年で色々と忙しいし。
社会人にもなれば何ともない距離でも、学生、特に相手が高校生だとその距離がより遠くに感じた。
プチ遠距離恋愛……中距離恋愛?みたいな。

けれど、電話やLINEでのやりとりほぼ毎日のようにしていた。

そして1週間前のこと。


「そう言えばそろそろ定期テストでしょ?
光太郎くんは成績とか大丈夫?」

『………はい。』

あ、これダメなやつだ。
彼は非常にわかりやすい。
私はフゥとため息をつく。

「光太郎くん、毎日電話してくれるのはすごく嬉しい。
でもね、成績疎かにしちゃだめでしょ?」

もちろんバレー頑張ってるのも知ってるけどね、と付け足す。


『……でも…全然会えないから……電話くらい………。』


光太郎ショボくれモード。
京治はショボくれモード面倒くさいって言うけど、実は私は嫌いじゃない。
むしろ可愛いとかって思ってしまう。
きっと母性本能なんだろうな。

「…何の教科が厳しいの?」

『えっと……現国と古典と英語と物理と数が』


「ちょっと待って。
やっぱり大丈夫な教科教えて。」


少し心配になった。
大丈夫じゃない教科の方が多いんじゃないかと思って。


『…………あ、体育!』


前言撤回。
少し心配からすごく心配になった。
だめだ、全部だ。

「本気で言ってるの?」

『はい!』

「はい!、じゃないでしょーが。」

元気よく返事をした光太郎くんに呆れてしまった。
さっきまでショボくれてたのに、何故かちょっと楽しそうな声になった。
なんで?

「もう…卒業できなかったらどうするの…。」

『なまえさん!』

「ん?」


『土曜日に先輩の家行ってもいいですか?
勉強教えてください!』


「え?」

なるほどそう来ますか。
なんて思ってたら『だめですか…?』とちょっとショボくれめに返された。
もう…そんな声で言われたら断れないじゃないか。
そもそも予定を確認しても何もなかったから、断る理由もないんだけど。


「わかった。いいよ。」


『やった!
ありがとうございます!』


「何時頃くる?」

『うーん…じゃあ11時頃でいいですか?』

「11時だと結構早めに出なきゃいけなくなるけど大丈夫?」

『大丈夫ッス!』

「わかった。
じゃあお昼は適当に何か作るね。」

『やった!
ありがとうございます!
じゃあまた電話するんで!』

「うん。ありがとう。
でも勉強に支障がない程度でいいからね?」

『……はーい。
じゃあまた。』

「またね。」

電話を切る。
時計を見ると、1時間以上経過していたことに驚く。
そして私は忘れないうちに手帳に光太郎くんの来る日をチェックした。
忘れるわけないけど。

それにしても、今日の光太郎くんはいやに嬉しそうだった。
もしかしたら、私と会えることを楽しみにしてくれてるのかな?なんて思うとすごく嬉しかった。
自分で書いた手帳を見つめる。

早く来週にならないかな。
その日のお昼はどうしようかな。

そんなことを考えながら口角が上がってしまう。
私は光太郎くんに会える日が待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がなかった。



そして今日は待ちに待った光太郎くんが家に来る日。
いつもより丹念に部屋を掃除した。
それでもいつもより時間の経過が遅く感じた。
もう買い物も済ませてしまったし、やることもない。
そわそわとしながら何度も何度も時計を見てしまう。

そして11時になる10分前。
私は駅へ向かう。
普通に歩いて5分しかかからない道のり。
ゆっくり歩いても、駅に着いた時はまだ11時になっていない。

電車の時間を確認し、改札付近の壁にもたれる。
時間になると、改札からは人が溢れるように出てくる。
そしてその人波の中、私はすぐに彼を見つけた。

「光太郎くん!」

向こうも私に気がついて、笑顔でこっちに走ってきた。
身長が高いのは知ってたけど、久しぶりに近くで見ると壁みたいだ。
もしかしたらまた大きくなったのかもしれない。

「なまえさんお久しぶりです!」

「久しぶりだね。
光太郎くん身長伸びた?」

「え?
うーん…どうだろう…?」

ちょっとだけそんな話をして、じゃあ家行こうかという話になった。

「私のアパート、駅からすぐなんだ。」

「へぇ。
じゃあ便利でいいっすね!」

「そーなの。
あ、こっちね。」

私がアパートのある方の出口を指すとほぼ同時に、光太郎くんは私の手に自分の手を繋いだ。
少しびっくりしたけど、私はそのまま手を握った。
手を繋ぐのは初めてじゃない。
だけどやっぱりドキドキはするし、なんだか嬉しい。

5分程光太郎くんと色々話をして、あっという間にアパートに着いた。
鍵を開けて中へ通す。
ワンルームのアパートだから、開けるとすぐにキッチンがあり、その奥の扉の向こうに1部屋。

「狭いけどどうぞ。」

「お、おじゃまします!」

「そんな緊張しなくても。」

何故か緊張してる光太郎くんに笑ってしまう。
玄関に一応鍵をかけ、奥の扉を開く。

「おお!」

謎の歓声を上げる光太郎くん。
キョロキョロと辺りを見回している。

「あんまりキョロキョロされると恥ずかしいんだけど…。」


「あ!すみません!
部屋中なまえさんの匂いするなーと思って!」


キョロキョロされるどころじゃない。
私の匂い?
え?何それ。
光太郎くんは「失礼します!」なんて言って床に座る。

「ちょ、ちょっと待って。
どういう意味!ねぇ!」

臭いのかな?
私、自分で気付いてないだけで臭い?

「変な意味じゃなくていい意味ですよ?」

「え…うん、よくわからない。」

今日は私がショボくれモード。
そんな私を光太郎くんは引き寄せ、私は光太郎くんの足の間に向かい合って座るみたいになった。

「ちょ…光太郎くん?」

わけがわからないし、恥ずかしい。


「好きな子の匂いがしたら嬉しいじゃないですか。
俺、なまえさんの匂い好きなんで。」


ニコニコしながらそんなこと言われたら、ドキドキと胸が早鐘を打ってしまう。
そのままぎゅっと抱きしめられる。
私は小さい訳ではないけれど、光太郎くんが大きいせいですっぽりと収まる。

「光太…わっ!」

突然私の首に息がかかる。
ビクッと震え、ゾワゾワと鳥肌が立つ。

「何…やって……。」


「やっぱなまえさんいい匂い。
なまえさんの匂い好き。」


どうやら匂いを嗅がれていたらしい。
恥ずかしい、なんて思いながらも、実は私も光太郎くんの匂い嗅いでた。
意図的に嗅いでいるわけではなくて、体制的にそうなってしまうのだから仕方が無い。

光太郎くんの匂い。
制汗剤と、ほんのりと汗が混じっているけど、嫌な感じはしない。
それどころか

すごく安心する匂い。


「私も、光太郎くんの匂い好きだな。
なんかね、すごく落ち着く。」


「……え。」

光太郎くんは一言そう言うと、私の肩におでこをグリグリと押し付けてきた。
照れてる。
光太郎くんは照れるとすぐにこれをする。
自分も言った癖に、逆に言われると照れちゃうんだ。
可愛い。
私は彼の髪に触れる。
相変わらずフワフワしていて気持ちがいい。

「ねぇ光太郎くん。」

「……はい。」

「ちょっと早いけどお昼にしようか?」

「……。」

光太郎くんは黙って頷いた。

「冷やし中華作ろうと思うんだけど、手伝ってくれる?」

光太郎くんはもう1度、黙って頷いた。




「光太郎くん何人前食べる?
3人前とかいける?」

「よゆー。」

「じゃあこれ4人前だから使い切っちゃえるね。」

私は鍋で麺を茹でる。
その間、光太郎くんには具材を切ってもらうことにした。
……んだけど……。

「ぶっ!ちょ、ちょっと太くない…?」

「食べ応えあっていいでしょ。
なんで笑うんすか。」

「だって予想通りすぎるって言うか!」

光太郎くんの切ったものは全部太い。
キュウリなんか4等分…いや、等分されてなくて4本に分かれている。
そんな風になるかな?なんて考えていた通りになるわけだから可笑しくてしょうがない。

「ねぇ、後で盛り付けたやつ写真とっていい?」

「……撮ってどうするんですか?」

「京治にでも送ろうか?」

「やめてくださいよぉぉ!」

可笑しい。
本当に可笑しくて楽しい。

私が茹でてた麺が出来上がると、盛り付けた。
3:1で盛り付けているから、キュウリは3本と1本。
チャーシューも6切れと2切れ。
それが本当物切れだから面白すぎる。

とりあえずコッソリ写真を撮っておいた。

「じゃあ食べよっか。
いただきます。」

「いただきます!」

見た目は置いておいて、味はいつもより美味しかった。
独り暮らしだからいつも1人でご飯を食べるけど、今日は2人。
きっとそれが理由。

「美味しい?」

「めっちゃ旨い!」

「そう。
よかった。」

3人前を余裕と言ったのは伊達ではないようで、光太郎くんはあっという間に平らげた。

「うまかったです。
ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした。
じゃあテスト勉強しようね。」

「……えー。」

「えー、じゃないの。
そのために今日来たんでしょ?」

光太郎くんは口を尖らせる。

「拗ねてもだめ。
じゃあ私は食器洗うから先やっててね。」

「……はーい。」


私はさっさと食器を洗うと、光太郎くんのところへ戻る。
そこでは数学の教科書を広げて机に突っ伏していた。

「こら。
それじゃあ教科書見えないでしょ?」

「…見てもわかんない…。」

「どこがわかんないの?」

「全部。」

ふぅ。とため息が出た。
光太郎くんの隣に座る。

「じゃあ全部教えてあげるから。
最初からゆっくりやっていこう?ね?」

光太郎くんはコクリと頷く。





「わかった!
先輩、こうですか?」

「うん、そう!正解。
なんだ、光太郎くんできるじゃん。」

「先輩の教え方が上手いからですよ!」

光太郎くんは意外にも飲み込みが早かった。
バレーを見ていたらわかるけど、多分頭の回転は速いんだと思う。
ただそれを勉強面に行かせていないだけで…。

「終わりました!」

「本当すごいよ光太郎くん!」

予想外に早く、範囲分のワークが終わった。
きちんと理解しているみたいだし、数学は大丈夫だろう。

「じゃあ次は何がいいかな?
物理やっとく?」

「…物理……。」

今の今までニコニコしていた光太郎くんが真顔になった。
その豹変ぶりに、吹き出してしまった。

「大丈夫だって。
数学出来たでしょ?
これもちゃんと教えてあげるね。」

「……お願いします…。」





結局物理も難なく終わり、次は英語に差し掛かった。
理数科目はやり方さえわかれば出来るらしいが、文系科目はやっぱり難しいらしい。
でもやっぱりやり方がわかったからって中々すぐに出来るものじゃないと思う。
それに光太郎くんが理系脳だったのはすごく意外だった。
今光太郎くんは辞書と教科書を交互に見ながら単語を書き出している。

「とりあえず単語がなんとかなれば大丈夫だと思う。
あと熟語かな。」

「覚えられねぇぇええ!!」

だー!と寝転ぶ。
いいところにクッションがあり、光太郎くんの頭はぼふっと沈んだ。

「うーん……。
単語はどうしようもないけど、熟語だったら何でこれでこの意味になるんだ?って考えたらちょっと覚えられるかも。」

首を傾げる光太郎くん。
私は1つの熟語を指す。

「例えばon the other hand。
意味は『他方は』、とかってことで、直訳すると『もう一つの手』。
英語を訳した思うともう片っぽの手がどうしたの?って思うけど、これが現代文の問題で出てきたらどう思う?」

「……もう一つの手段?」

「そう!
そうゆうこと。
そう考えると違和感ないでしょ?」

ぶんぶんと頭を縦に振る光太郎くん。
その動作はまるで鳥みたい。

「どう?いけそう?」

「頑張ってみます!」



黙々と作業を続ける光太郎くん。
私は横で本を読みながら、たまに光太郎くんに聞かれたことを答える。


「終わっっっったぁーー!!」


もう1度寝転ぶ。
そして寝返りを打つと、クッションにグリグリと顔を押し付ける。
このクッションが気に入ったらしい。

「お疲れ様。
あとは書き出した単語ちゃんと覚えてね?」

「……はーい。」

クッションに顔を埋めているから、くぐもった声が聞こえる。
やっぱり3教科ぶっ通しでやったせいか疲れているようだ。

「じゃあちょっと休憩にしようか?
何かして欲しいことある?」

光太郎くんはムクっと起き上がる。
そしてのそのそと私の目の前にやってきた。



「なんでもいいんスか?」



「私に出来ることならいいよー。」

マッサージとか、なんて言葉を続ける間も無く、私の視界は反転した。

「…え?」

私の視界に入るのは、天井と光太郎くんの顔。
自分の状況を理解するのに数秒を要した。

「……光太郎くん…?」

心なしか、光太郎くんの目がいつもよりギラギラしているように見えた。
背中に寒気が走る。
まるで猛禽類に睨まれたネズミだ。
目を逸らしたらいけない気がして、目を合わせたままでいた。
否、目を逸らせなかった。



「……なまえさん………。」



ゾワッ…。
いつもより低い声。
そのせいか、色っぽく見える表情。
舌なめずりをする動作が妙に様になっている。

そして彼は言った。



「セックスしよ?」



と。

「……え?」

光太郎くんの顔が近くなる。
あ、これキスされるな、と思ったら、反射的に手がそれを防いでいた。



「ま、待って!
光太郎くん待って!!」



もちろん光太郎くんとのキスは初めてじゃない。
けれど、このキスを許したら後戻りが出来ないような気がした。

長くなったが、これが前置き。
そしてここから先が現在進行形で行われている。


「なんで!
……なまえさん、俺達何ヶ月付き合ってるんですか?」

「……えと……4…ヶ月…かな?」

それを聞いて「そうですよ」と悲しそうな顔をする光太郎くん。
ここでやっと、愚かな私は気が付いた。
自分が思ってることを伝えていない。


「……ごめん、光太郎くん…。
私……」


すると光太郎くんはこの体制のまま、ブンブンと首を横に振る。
そして私をしっかりと見る。
その顔はバレーをしている時と同じ顔。
とても真剣な顔つきになっていた。



「嫌だからな!
先輩が別れたいって言ったって、俺絶対別れないから!!」



………なんでそうなっちゃうの?

「え…ちょっと……こう」



「確かになまえさんからみたら俺…ガキだし…いっつもなまえさんに迷惑かけてるから…!
だけど……同い年だったらって何度思ったと思ってんだよ……!
ガキからみたらアンタがどんだけ大人に見えると思ってんだよ…!!」



本当、なんで…そうなっちゃうんだろう…?


光太郎くんの表情が変わる。
オロオロとどうしていいかわからない表情。

「…なまえさん……?」

多分今の私は泣いている。
昔から私は感情が高まると涙が出てしまう。
悲しくても嬉しくても、ムカついても。


「〜〜〜〜ッ…確かにさぁ!」


ビクッと体を震わせる光太郎くん。
だけどそんなことに構ってはいられない。


「線引きしてること伝え忘れてたのは私が悪いけどさぁ!」


そして感情が高まると「さぁ!」と子供みたいな語尾になる。



「私だって思ってるよ!!
私はどうしたって光太郎くんよりも先に歳とるんだよ!
先におばさんになっちゃうの!
いつも思う……なんで私はキミと同い年じゃないの?って。

光太郎くんが……いつか私に飽きて……年下の子に取られちゃうんじゃないかって……。

そんな風に思ってるの…光太郎くんだけだと思わないでよ…。」



これ以上泣き顔を見られたくなくて、手で顔を覆った。
そのせいで光太郎くんがどんな顔してるかわからなかった。
…引かれたかな?

「……ねえ光太郎くん。」

「…はい。」

「ごめんね、私全然…大人じゃないの…。
……引いたでしょ?」

「なまえさんこそ…。
俺がずっとガキで我儘で、引いたと思うけど……。」

「………。」

「………。」


沈黙が流れる。
なんか嫌な流れだ。
もし光太郎くんがこのまま帰る、なんて言ったら一緒元に戻れない気がする。

それだけは絶対嫌。

私は手で涙を拭うと、ちゃんと光太郎くんの顔を見た。
すごくバツの悪そうな顔をしている。

「光太郎くん。」

「…はい。」

「言わせて欲しいことがあるの。
だからちょっとどいてくれる?」

「……ごめん…。」

光太郎くんが私の上から退き、正座になる。
私も同じように正座になると、深呼吸をして光太郎くんの手をとった。
ちょっと驚く光太郎くん。


「キミは私と別れたくないって言ったよね。
私だってそう。
光太郎くんが私と別れたいっていったって絶対離さないからね。」


ちょっと驚いていた表情が、すごく驚いた顔になった。
そしてコクコクと泣きそうな顔で頷く。


「あともうひとつね……言わなきゃいけないことがあって…。」


「うん。」


「…や、ヤったりするの……光太郎くんが高校卒業するまで……待ちたくて…。」


「………なんで?」

首を傾げる光太郎くん。
本当に理由がわからない、といった表情だ。
それに対して私は、恥ずかしさで体が熱い。


「も、もし万が一って事があったら……って思って…。」


「ちゃんと避妊しますよ!?」

「わ、わかってる!
もちろんわかってるけど!
……でも、100%じゃないでしょ?」

「それは……。」

光太郎くんは頷く。
「確かに」と小さく呟きながら。

「高校生の光太郎くんには責任取れないよね?
生んだって下ろしたって、お金もかかるし精神的にも肉体的にも負担がかかる。
……特に私が、だけどね。」

ゆっくり、光太郎くんは頷く。

「ごめんね。
いちいち面倒臭い性格で。」

光太郎くんは今度はブンブンと首を横に振る。
忙しないなぁ、なんて思う。

「私、そう思っちゃえば光太郎くんといる時、ずっと不安になっちゃう。
それを隠せる余裕持つほど大人じゃないから、光太郎くんも不安になっちゃうと思う。
もしかしたらそれは、光太郎くんがバレーをすることの妨げになるかもしれない。
そう思えばまた不安になるから…。

……それを言ったつもりになってたの。
ごめん、ちゃんと伝えるの遅くなっちゃって。」

私は小さな子供みたいに光太郎くんの胸に抱きつく。
光太郎くんの匂い。
やっぱり安心する。

「ちょ…なまえさん…?」


「私、光太郎くんの負担になりたくない。
光太郎くんには余計なこと考えないでバレーして欲しい。

…光太郎くんのこと好きだから。」


ギュッと、背中に回された腕に力が入るのがわかる。
嬉しい。


「俺も好き。
先輩のこと、大好き。
俺のこと考えてくれてありがとう。

俺、卒業したら1番最初になまえさんのとこくるから。
待ってて…。」


「うん、待ってる。」

私はギュと光太郎くんの胸にグリグリと顔を胸に埋める。
しかしそれに対して、光太郎くんは私を引き離す。


「ごめん、なまえさん。
これ以上はちょっと……。」


「……え?」

至近距離の光太郎くんの顔を見上げる。
見上げるといっても、光太郎くんの腿の上に乗ってるから、ほとんど目線は同じ。

「ご…ごめん……。
しつこかった……?」

本格的に引かれたかもしれない。
年上のくせに光太郎くんに甘えて。
しかも子供みたいに。

「い、いや違くて!」

光太郎くんはもう一度私を抱きしめる。
私のこと自分で引き離したのに。
そして小さな声で呟いた。

「………た。」

「…なんて?」

よく聞こえなくて聞き返す。
「光太郎くん?」と光太郎くんの方を見ると、真っ赤になっている。

「どうしたの?」



「……勃った…。」



「……。」

「……。」

「……………え?」


「!!
み、見んな!!」


視線が自然と下に動く。
それを阻むように光太郎くんに顎を掴まれ、上を向かされる。
必然的に口を尖らせる格好になって、多分すごく間抜けな顔してる。
すっごく恥ずかしいです。

「み、みにゃいからはなひへ…。
(見ないから離して)」

しかも喋れない。

「トイレ…どこ……。」

「あっひ…。
(あっち)
へんはんのほはひ。
(玄関の隣)」

「ちょっと俺がいなくなるまであっち向いてて…。」

コクコクと頷く。
光太郎くんの手が離れると、私はドアに背を向ける。

最初はちょっとドキドキしてた。
けどそのあと、笑えてきた。
悩んでたのは自分だけじゃなないのがわかって安心した。

トイレから、ジャーッと水を流す音が聞こえる。
そして光太郎くんが部屋に戻ってきた。

「……何笑ってんスか。」

「ん?
大丈夫だったかな?と思って。」

光太郎くんはちょっと頬を染め、視線を逸らす。
照れてる。
よかった、いつも通り。

「なまえさんが可愛いことしたせいだからな。」

「えー?
光太郎くんの方が可愛いよ?」

「んなわけないでしょうが!」

あはは、と笑う。
私につられて光太郎くんも笑った。

ちらっと外を見るともう日は傾いていた。
いつの間にかそろそろ夕飯のことも考えなければならない時間だ。

「光太郎くん夕飯どうする?
食べてく?」

「え?いいんすか?」

「全然いいよ。
どうせなら泊まってってもらってもいいし。」

「!!
え、マジで!?」

「うん。
……まあさっきの話を守ってくれればだけど。」

コクコクと勢いよく頷く。

「Tシャツとかスエットは京治の使っていいから、下着だけどうにかすれば大丈夫だけど…。
スーパー行くし、ついでにどっかで買ってこようか?」

ぱぁぁあと目が輝く光太郎くん。
そんなに喜ぶことだろうか。

私と光太郎くんはスーパーの方へ向かうべく、アパートを後にした。
私の左手はしっかり光太郎くんの手を繋ぐ。

「そんなに嬉しい?」

「はい!」

「そ、そっか。」

「?
だってなまえさんの説明すっごくわかりやすいから勉強そんなに苦にならないし。」

「本当?
それは光栄だわ。」


「まあそれだけじゃなくて、なまえさんと一緒にいられるのが1番嬉しいんですけどね。」


ピタッと、思わず足を止めてしまった。

「なまえさん?」

「光太郎くん好きな食べ物は?」

「え?や、焼肉。」

「食べ放題のところでいい?
奢ってあげる。」

「マジっすか!」

「マジっす!」

やったー!とわかりやすく喜ぶ光太郎くん。
嬉しかったのは私の方だよ。


私達は先に光太郎くんの服を買い、それから焼肉屋へ向かった。



「なまえさん!
ご馳走様でした!」

「いいえー。
食べ放題にしては美味しかったねー。」

私達はたらふく食べると、アパートに戻ってすぐにお風呂の準備をする。

「まだお湯溜まってないけど先お風呂どーぞ。」

「ありがとうございます!」

「じゃあお湯溜まったらとめといてもらっていい?」

「はーい。」



10分もすれば、光太郎くんは出てきた。
私は長風呂派だから、それがすごく早く感じた。

「早かったね、こ………」

「?
何すか?」

「あ、光太郎か。」

「は?」

光太郎くんはお風呂上がりだから髪型がいつもと違う。
それはもう誰だかわからないレベルで。

「じゃあ私もお風呂入ってくるから勉強しててね?」

「はい。
ちょっと何回もトイレ借りるかもしれないけどいいですか。」

「……どうぞ。」




















1月

私は今年も春高を観に行った。
そしたら案の定、木葉先輩もいた。
うちの弟も、最後だからね、って。

「そういえば木兎くんとはどうなったのよ?」

「無事に今お付き合いさせてもらってますよ。」

「えー!
なんで報告してくれないのー!」

「す、すみません!」

ま、いいけど。と笑う先輩。
ニヤニヤと笑う先輩に、ちょっと嫌な予感がする。

「…なんですか?」

「ん?
いーや?
どこまでいったのかなぁと思ってね。」

「……先輩…。」

ケラケラと笑う先輩。

「いーじゃん若い子!
今度私にも貸してよー。」

「ンブッ!」

コーヒーを飲みながらむせてしまった。
先輩におしぼりを渡される。

「あ、ありがとうございます…。」

「ありがとー。」

「え?いや、貸しませんよ。」

「ふーん?
そんなにいいの?高校生。
ガツガツしてるイメージあったけどなー。」

「……先輩変態っぽいですよ……。」


「何言ってんの赤葦ちゃん。
赤葦が大人にしてあげたんデショー?」


「……。」

「……え?」

「…なんですか。」

「……まさか赤葦が大人にしてもらった側……?」

「ち!違います!!」

「そーだよネ。
高校ん時相手いたもんね、赤葦。」

「…あいつの話はやめてください。」

「………そーね。ごめん。
まああんなロクでもない男と縁が切れてよかったじゃない?」

「…まあ、そうですね。」

「でさ、木兎くんの話に戻るけど……。
まさかまだ………?」

「……そうですけど。」

「えええ!!?」

先輩はガタッと椅子から立ち上がる。
注目を浴びてしまっているから早くここから去りたくてしょうがない。


「本気!?
本気でまたセッ…」


「やめてください!!」

先輩の口を塞ぐ。
コクコクと先輩が頷くと、手を離す。

「本当…やめてくださいよ。」

「ごめんごめん。
いや…でもさ……。
あの赤葦が…?」

「あの赤葦ってなんですか…。
当時何か噂でもあったんですか?
そしたらそれ、事実じゃないですよ。」

「冗談だよぅ。
相変わらずだなぁ。」

…なんか先輩と話すの疲れてきた…。
もしかしたら京治が光太郎くんに感じている感情にすごく似ているのかもしれない。


「ま、赤葦は大事にされてるみたいでよかったよ。
そうなんでしょ?」


さっきまでニヤニヤ笑って下世話な話をしていた先輩は、いつの間にかニッと優しく笑ってた。

「はい。
大事にしてもらって、今幸せです。」

「そりゃあよかった。」

先輩がわしゃわしゃと私の頭を撫でる。
まるで高校生に戻ったみたいだ。


「じゃあ行こうか赤葦。
あんたの彼氏率いるチーム、勝ってもらわないといけないからね。」


「はい!
もちろん!」












「…ただいま。」

「おかえり京治。」

「…ん。」

靴も脱がずに玄関に立ち尽くす京治。
同じところに立っている時は難しいけれど、ちょっとでも段差があれば楽々できる。


「頑張ったね。
お疲れ様、京治。」


ぽんぽんと頭を撫でる。
ちょっとずつ、京治の鼻と目が赤くなる。

「京治主将になったんだってね。
大丈夫、京治ならすごくいいチーム作れるよ。」


「……でも…もう木兎さんとは………。」


「京治。
こっち向いて。」

半ば無理矢理、私の方を向かせる。


「泣いて、京治。
我慢したらだめだから。」


ポロポロと、相変わらずの半目から涙が零れる。
そして私の肩に顔を埋める。
去年の光太郎くんを思い出す光景。
背中をぽんぽんと、小さな子供にするみたいにさすってやる。

「今日の京治、かっこよかったよ。
でもこれからの京治はね、もっとかっこよくなるよ。」



ひとしきり泣くと、京治はふぅと、息を吐く。

「ごめん姉さん。」

「ううん。
……結果は残念だったけど、いい試合だったよ。」

「ありがとう。」

「うん、あ、お風呂もう沸いてるから先に」


「姉さん」


「んー?」

京治は相変わらず靴も脱がず、そこに立っていた。

「どうしたの?」

「こんなこと、俺が言うのおかしいんだけど…。」

「うん?」


「木兎さんのこと、これからよろしくお願いします。」


まさか、弟に頭を下げられる日が来るとは思わなかった。

「…京治?」

「姉さんも知ってると思うけど木兎さんはバレー一筋の人だから。
部活を引退した今、あの人には姉さんしかいない。
…だから、お願いします。」

嬉しいのが、なんだかすごくむず痒い。
多分、今顔赤くなってる。

「…うん。
ありがとう、京治。」















3月初旬

今日は光太郎くんの卒業式だと聞いた。
なんとか私も就職先が決まり、大学も卒業した。
光太郎くんや京治、他のバレー部の子達にも手伝ってもらい、一週間前に引越しを終えたばかりでまだ全部片付けが終わっていなかった。

明日あたりに光太郎くん来るかな?

なんて思い、今日中に片付けを終える予定だ。



何とか片付けが終わり、明日の分の食材の買い物も終わった。
そんなちょうどいいタイミングで、京治から着信があった。

「はいはーい?」

『もしもし姉さん?』

「うん。
どうしたの?
もう卒業式終わったの?」

『…………。』

「京治?」

何故か黙る京治。

「どうしたの?」

そして何故か、京治の後ろで盛り上がる声。

『ううん、なんでもない。
ごめん切るね。』

「え、ちょっと京治?」

京治に電話を切られてしまった。
なんだったんだろう?

すると、再び着信がある。
今度は光太郎くん。

「もしもし。」

『なまえさん!』

「うん。
あ、卒業おめで…」

『今、家にいますか!?』

「?
うん、いるけど…?」

何処かで私に似てる人にでもあったのかな?

でも、それは違った。


『じゃあなまえさん!
今から行きますね!』


………は?

「ちょっと光太郎くん!?
今からってどういう」


ピンポーン


インターホンが鳴った。

今からって……まさかね……?


ピンポピンポピンポーン


………嘘でしょ?


急いでドアを開けた。

するとそこには、私の愛しい人。


制服に身を包み、胸元には『おめでとう』と書かれた花。


「な、なんで…?」


「なんでって。
言ったじゃん?
卒業したら最初になまえさんとこ来るって。」


ニッと笑う彼。

本当に最初に来てくれたんだ……なんて思うと、視界がぼやけた。

オロオロとする光太郎くん。

いつまでたっても光太郎くんは私の涙に弱い。
それがおかしくて笑う。

それに安心したのか、光太郎くんも笑う。
そして家の中に入るとすぐ、私の体は光太郎くんの腕にすっぽりと収まっていた。


「俺、ちゃんと卒業したよ。」

「うん。
おめでとう、光太郎くん。」

「これからもあと4年学生だけど、もうちょっとだから。」

「うん。」



「それまで待ってて。
愛してる、なまえ。 」



光太郎くんはそう、私の名前をよんだ。


fin



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