かりそめの恋。

「もり…す…け……。」


「好きだ…愛してる……。」


新月の、月の出ていない日だけ、衛輔は私のところにやってきてくれる。
皆が寝静まり、私も横になった頃にいつもやってくる。
そしてそのまま着物をはだけさせれば、すぐに繋がった。
そして事を済ませると、日が昇る前に帰っていった。



「衛輔…。
どうかされましたか?」



けれど、今日はいつもと違った。

「どうして?」

体が気だるいせいで、横になったままそう聞けば、衛輔は私の髪を優しく撫でてくれる。
やっぱりいつもと様子が違う。

「いつもならすぐに帰られるのに…。
今日は…」

言葉の途中で、額に口付けられた。
ちゅっと音が聞こえ、少し気恥ずかしい。


「…今日は、特別な気がして。」


「特別?」

「はい。」

額の次は頬。
そして首筋、胸元と口付けされる。


「今日は何故か許される気がする。
俺達みたいな、かりそめの恋も。」


何でだろうな、そう笑う衛輔の顔はよく見えない。
きっと、悲しそうに笑ってる。

『かりそめの恋』

衛輔には本妻がいる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
私は2番目の妻でも3番目の妻でも、衛輔と一緒にいられたらそれでも良かった。
けれど、それが許されないのは私のせいだった。


「…だったら…私を連れてどこか遠くへ行ってください。
衛輔と一緒なら…どこだって……。」


私は本気だった。
本当に、かけおちだってしたい。

けれど、衛輔は首を横に振った。



「それはだめですよ。
あなたは…。」



『中宮』なのだから。





そう切なげに囁かれ、私達はまた繋がった。













「…ん……。」

目を覚ますと、日は既に上っていた。
衛輔はいない。
着物も多少乱雑ではあるが、着ていた。


…昨日のことは、夢だったのだろうか。


いや、そんな筈はない。
私の体はそう言っていた。
この気だるさ、それは確かに衛輔と愛し合ったことの証明だった。


「中宮様。」


「なに?」

こっそりと私のところにやって来た女房。
彼女は花の付いた枝を持っていた。
そこには文が巻き付いている。

「こちら、夜久様からです。」

「衛輔から……?」


私はそれを受け取った。
その文には和歌が書かれていた。



『今はただ
思ひたえなむ とばかりを 
人づてならで いふよしもがな』





今はもう、あなたのことをきっぱり諦めてしまおうと決めました。
そのことを、人づてでなく直接あなたに伝える方法があればよかったのに。



「…どういう、意味ですか……?」



昨日だって衛輔はここにやって来た。
だったら…また次の新月にだって……。



「…夜久様は、本日より陸奥国に行くことになっております。
もう2度と、都には戻られないかと……。」



「………は?」








私と衛輔のことは、帝にも気付かれていた。
帝に寵愛されていた私は、お咎めを受けることはなかった。
もしかしたら衛輔が全て罪を被ったのかもしれない。



『玉の緒よ
絶えねば絶えね ながらへば
忍ぶることの 弱りもぞする』




私の命よ、絶えることなら早く絶えてほしい。
このまま生きながらえていると、耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまう。
そして秘めている思いが人に知られてしまうことになろうから。


陸奥にいるあなたと都にいる私。
かりそめの恋すら、許されなくなってしまった。

想えば想うほど離れていくようで

けれど

止める事はできなかった。















「私、今日からマネージャーとしてお世話になるみょうじなまえです。
よろしくお願いします!」


同じクラスの犬岡くんの勧めでマネージャーとしてバレー部に途中入部した。
今日は初めての日でドキドキと心臓が早鐘を打つ。


「「「よろしくお願いします!!」」」


部員の人達にそう言って頭を下げられる。
順番に自己紹介をされ、3年生の先輩の中でも最後に自己紹介をしてくれた人は、他の人達に比べてずっと身長が低かった。
私と同じくらい。
なのに、さっきまでとは違う意味で突然心臓が高鳴った。



「夜久衛輔です。
ポジションはリベロ。
よろしく。」



『やっと逢えたね。』



夜久さんは、声を出さずにそう言った気がした。


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