ささいなことがうれしいです



「こんにちは。」

「おー。」

岩泉さんのお迎えを始めてから1週間。
休日を除いて毎日欠かすことなく青葉城西高校へ来ている。

「今日は早いですね。」

「そうか?」

「はい。
いつもより2分ほど。」

計ってるのかよ、そう苦笑いする岩泉さん。
歩く時、岩泉さんは必ず車道側を歩いてくださり、歩幅も合わせてくださる。

岩泉さんの笑う顔が愛おしい。
岩泉さんの気遣いに胸が高鳴る。

この気持ちに名前なんてあるのだろうか。
初めての感覚だからわからない。


『そんなことして傷つくのは椿だよ。』


友人はそう私を心配してくれた。
こんな事をしても仕方がないのは分かっているけれど、私がこうしたいのだから仕方がない。


「どうかしたか?一ノ宮。」

「え?どうしてですか?」

「いや、何でもないならいい。」

思わず顔が綻んでしまう。
嬉しくて仕方がない。

電車に乗って、最寄駅まで行く。
その間も岩泉さんとお話が出来て、電車の中が楽しいと感じるようになったのは、岩泉さんと共に帰るようになってからだった。

「岩泉さん、日曜日にはお時間ありますか?」

「時間?
一応空いてるけど……。」

「実は知り合いの方に水族館のチケットを2枚いただきました。
よければご一緒していただけませんか?」

チケットを差し出すと、岩泉さんはそれをジッと見つめ、その横顔を私は見つめる。
一通り見終えたのか、岩泉さんはニッと笑う。

「よし、行くか。」

「は、はい!」

電車の中だと言うのに大きな声を出してしまい、すぐに口を塞ぐ。

「うれしいです。
ありがとうございます。」

ちょうど最寄り駅に着き、電車を下りる。

「今日もわざわざ申し訳ありません……。」

「こうでもしないと俺のこと送ってく、って言うだろ?」

「…………。」

「…まあ気にすんな。」

再びお礼を行って、改札の方へ行く前だった。
今日もいつも通り行こうとすると、

「一ノ宮!」

岩泉さんに名前を呼ばれた。

「はい。
何でしょう。」

岩泉さんの方へ戻ると、岩泉さんはスマートフォンをいじり、そしてある画面を見せてくださる。

「これって……!」

「俺のアドレス。
どっか行くなら連絡取れた方がいいだろ。
LINEの方がよければそっち開くけど。」

「両方!
両方お願いします!」

また大きな声を出してしまい、口を塞ぐ。
岩泉さんは笑い、LINEの画面を開いて見せてくださった。

「ありがとうございます……!
毎日ご連絡しますね!」

「いや、大丈夫だから……。」

嬉しい。
念のため送れるかどうかの確認だけさせて頂く。

「ありがとうございます。
それでは岩泉さん、お気を付けて下さいね。」

「お前もな。」

嬉しくて嬉しくて、顔が綻んでしまって直せない。
……それなのに


「お嬢様。」


階段を上りきって出口を出た瞬間。
その言葉で、現実に引き戻されるようだった。


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