理性代表岩泉
「灯ちゃんってさー、付き合ってる男いるの?」
「いますよー。」
「いるのかー…。
大学のやつ?」
「んーん、違います。
地元にいます。」
「へぇ。
じゃあ遠距離恋愛だ?
じゃあ寂しいんじゃない?」
「……まあー…寂しくないー、って言ったら嘘になりますけど…。
先輩こそどうなんれすかー?」
「俺は彼女いないからさ。
灯ちゃんみたいな子が彼女だったらスゲェいいよね?」
「またまたー!」
……なんていう会話がテーブルを挟んだ向こう側で行われている。
大学に入学してから早半月。
俺が入部したバレー部で新入生歓迎会が行なわれた。
バレー部自体の活動はしっかりとしたものだけど、新入生歓迎会という名のハメを外す会はなんてことない、普通の大学生と同じだ。
俺も驚いたけど、この会には灯ちゃんもいる。
なんでいるかっていえば、「私もバレー部入ろうかな?」って思い女子バレーサークル(女子は部活じゃなくて同好会。灯ちゃん的にはそこもよかったらしい)に見学に来たのが今日で、男子バレー部と女子バレーサークルが合同の新歓だったから、あれよあれよという間に連れてこられちゃったらしい。
……で、バレー部の先輩が灯ちゃんのこと気に入ったらしく、盛り上がってる?のが今。
「二次会いかないで2人でどっか行っちゃおーか?」
「もうなにいってるんれすかー。」
呂律回ってない。
さっきなんかグラス渡されてたから、多分その時にお酒飲んじゃったんだと思う。
その先輩は実力はそこまででもないのに、ラフプレーが目立つ人だからあまりいい印象を持っていなかった。
灯ちゃんが心配で、バレーサークルの先輩や同期の女の子とかバレー部のマネージャーとかと折角喋ってるのに全然集中できないんだけど。
決められてた時間が終わり、二次会に行く人ー、って幹事が聞けば、手をあげる人達がチラホラいる中、先輩と灯ちゃんの手はそのまま。
「及川くん行かないの?」そうサークルの先輩に聞かれたけど、俺はそれを丁重に断った。
そして
「灯ちゃん、送ってくから帰ろ。」
他のみんなが移動し始めた頃、ふらふらして先輩に支えられながら店の外に出た灯ちゃんの腕を引いた。
「わっ。あ、おいかわ。」
「灯ちゃん酔いすぎじゃない?」
「えへへ。そんなことないもーん。」
笑ってるというか緩んでる、俺、灯ちゃんのこんな表情見た事ないんですけど。
「及川と灯ちゃん知り合い?」
にこにこ楽しそうな灯ちゃんとは対照的に、不機嫌な顔の先輩。
「中学の時からの友達です。」と、当たり障りのない返事でもしようかと思えば
「及川は私の初恋の人でーす。」
……はい?
灯ちゃんはそう言いながら俺の腕に抱きついて来る。
不機嫌な顔の先輩に驚きが交じる。
驚くのは無理もない。
今1番驚いてるのは俺だろう。
でも、表情には出てない、多分。
「じゃ、帰ろうか灯ちゃん。
先輩、お疲れ様でした。」
「ちょ!待てよ及川!」
先輩に肩を掴まれる。
キムタクかよとつまらないことを考えながら振り返れば、怒ってるのか酔ってるのか、先輩の顔が赤くなっている。
「…なんですか。」
「結局お前も同じこと考えてんだろ?
そしたら普通先輩に譲るんじゃねぇの?」
怒ってると思えばニヤリと笑う。
呆れてため息を吐く。
「俺、頼まれてるんですよ。
灯ちゃんのお兄さんにも弟くんにも。
友達にも。
それに、灯ちゃんの彼氏にも。
みんな怒らせたら怖いんで先輩には預けられないです。」
灯ちゃんはもうほとんど眠りかけていて、支えていてもふらふらとしている。
「そういうわけなんで、失礼します。」
でも納得しなさそうだよな、どうしよう。そう思っていれば「あれ?お前らどうした?」と声がした。
「「部長。」」
声の方を向けばバレー部の部長がいた。
もう先に行っているのだと思っていたけど、支払いしたりトイレ行ったりしていて後から合流することにしていたらしい。
「お前ら2次会いかねーの?」
部長に聞かれ、俺は灯ちゃんを送っていくからという理由で断った、という話をすれば部長は納得してくれた。
「今日はありがとうございました。
楽しかったです。」
「おう。
じゃ、及川。
月島さんのことよろしくな。」
「はい。」
先輩がこのあと予定がないとわかると、部長は先輩を引きずっていってくれた。
もちろん、善意で。
「じゃあ帰ろう灯ちゃん。
でも俺灯ちゃん家しらないから教え……ちょ、灯ちゃん!?」
灯ちゃんは俺の方に頭を預け、完全に眠っていた。
寝顔可愛いな、とか、そんなことを思っている余裕は今の俺にはない。
「灯ちゃん起きてってば!」
「んー…?」
「起きた?よかった…。
灯ちゃん家まで送ってくから家教えて。ね?」
「んー………おん…ぶ…。」
駄目だ。話にならない。
「…おんぶしてもいいけどさぁ…。
……このままだと俺ん家行くことになるよ?
いいの?」
俺は呆れながら灯ちゃんを背負う。
もちろん呆れてるふりだけど。
背中に伝わる灯ちゃんの体温は温かい。
もしかしたらアルコールのせいで体温が上がっているのかもしれないし、いつも通りの体温なのかもしれない。
ここまで密に触れたのは初めてだったから。
「…うん。」
小さな声だったけど、耳元だったからしっかり聞こえた。
そう言って灯ちゃんは俺の背中でスヤスヤと寝息をたてる。
……ほんと、狡いなぁ。
まるで初心な少年みたいに、ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
伝わらないのも、伝えても無駄なのもわかってる。
でも
それでも俺は、好きなんだ。
叶わぬ恋だとわかるけど。
散った恋だとはわかっていても、この「好き」を辞めることは出来ないから。
「灯ちゃん、ほんとに俺のこと好きだったの?」
そう尋ねても、寝息をたてる彼女には聞こえていなかった。
「………。」
目を覚ますと、入ってくる光が眩しくてまた目を閉じた。
二度寝でも………
……………………あれ?
私の部屋の配置だと、朝日がベッドに差すはずがない。
そんな馬鹿な。
私は恐る恐る目を開ける。
……ここ、どこ?
知らない天井。
知らない部屋。
昨日はバレー部の先輩と話してたのは覚えてる。
まさかと思って自分の服を確認すれば、ちゃんと着てる。
昨日の服そのまま。
一先ず安心すれば、部屋のドアの向から話し声が聞こえた。
部屋を出ようとして上体を起こせば、ズキンズキンと頭痛が起こる。
「…頭いたっ…。」
なんだろう、この痛み。
そう思っていたら、ガチャッとドアがあいた。
「お。
月島、起きたか?」
????
「岩泉?」
…なんで?
なんで岩泉?
私が混乱していたら、後ろから及川がひょこっと顔を出した。
「オハヨー灯ちゃん。
体調悪くない?
お水いる?」
「おはよー…?
…お水…ください…。」
?を浮かべていると、及川がいなくなった代わりに今度は黒尾くんと木兎くんが顔を出した。
ますます意味がわからない。
「はい灯ちゃん。水。」
「ありがと…。
……あの及川、ここはいったい…。」
「覚えてないの?」
「…覚えてないッス…。」
及川は呆れたようにため息を吐く。
「昨日べろべろに酔ってたんだよ?
送ってくって行っても家教えてくれないし、俺ん家でいい?って聞いたら頷いたから連れてきた。」
「え?
私酔ってたの?なんで?」
「いや俺が聞きたいくらいなんだけど…。」
たぶん先輩に飲まされたんじゃない?と及川。
そういえば飲み物をもらったような…?
「…そうだったんだ。
…で、黒尾くん、木兎くんと岩泉はどうして…?」
「2人は勝手に付いてきた。
岩ちゃんは俺が呼んだ。」
「どうして?」
「俺達の理性。」
「???」
「そんなことより月島…。」
いつもより低い岩泉の声。
ビクッと私の肩が震える。何故か及川まで。
なぜ震えたかと言えば、知っていたからだ。
岩泉がこんなふうに呼ぶ時は怒ってる時だって。
岩泉の方をみれば、ほら。
額に青筋を浮かべている。
「なんの疑いもなく初めて会った男の勧めた飲みモン飲むたぁどういう了見だボゲェ!」
久しぶりに落ちる、岩泉の雷。
「及川がいたから良かったけどな!!
もしいなかったら今頃どうなってたかわかってんのか!?
どう考えたってその男、下心丸出しだろうが!!」
「…おっしゃる通りでございます。」
ベッドの上で、正座をする。
この類のことは、二口にも口を酸っぱく『どんな男でも狼に豹変するんだからな!』と言われてきたというのに。
岩泉は私に一通り説教すると、帰っていった。
休みの日の今日も、午後から特別講義があるらしい。
ほんと、岩泉には頭が上がらない。
「灯ちゃん、パンあるけど食べる?」
「うん。
…及川、ありがとう。
助けてもらった上にベッドまで貸してくれて…。」
「いいえ、どういたしまして。」
寝室の隣の部屋では、黒尾くんと木兎くんが既にパンを食べていた。
テーブルについて、私も一個貰えば、黒尾くんがニヤリと笑う。
「でもよー、及川も偉いよなァ?
据え膳食わぬは男の恥って言うくらいなのにな。
童貞じゃあるまいし。」
いくら私でも、それが何を表しているのかわかる。
どう反応していいかわからず、思わず苦笑いする。
「うるさいなぁ。
だいたい本人のいる前で失礼でしょーが。」
もっと言ってやってくれ、及川。
なのに何故か、木兎くんが「でも…」と続ける。
「灯チャンだって処女でもないだろー?」
「え?」
木兎くんの問に、何故か答えた及川。
「だって灯チャン彼氏いるんだったら…なぁ、黒尾。」
「だよなァ。」
及川の視線が私に向く。
正直、顔が怖い。
「え、灯ちゃん…?」
「……いや、二口と付き合ってもう8ヶ月だし………。」
え?
及川は頭を抱えた。
そして
「なんで2人は俺に付いてきたの!?
そしたら岩ちゃん呼ばなかったのに…!」
「いやなんでよ!」
私がそう言えば、黒尾くんと木兎くんは笑う。
『どんな男でも狼に豹変する』
二口の言葉が刺さった。
今度からは本気で気をつけようと思い、そそくさと及川の部屋を後にした。
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